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学芸員レポート
青森/日沼禎子|東京/住友文彦|福岡/山口洋三
第4詩集『松井茂短歌作品集』刊行/PUBLIC "SPACE" PROJECT──鬼頭健吾《Starburst galaxy》
東京/東京都現代美術館 住友文彦
『松井茂短歌作品集』カバー
『松井茂短歌作品集』見開き
上:『松井茂短歌作品集』カバー
下:同書内容
 松井茂の詩集が刊行されるのに前後して、個展やトークが5月に連続して行なわれた。もっとも、彼は定型化された文によって、毎日新聞に掲載されている気象情報とその日に何行の純粋詩を書いたかを記す「量子詩」を定期的にメールで配信しているので、日々持続的に行なわれている創作の実践が、こうしたイベントよりも重要な位置を占めていることを付け加えておかなければならないだろう。今回の第4詩集は、漢数字を規則的に反復させる作品がひたすら紙面を埋める。余計な注釈を一切排し、抽象度の高い言葉の配置を作り上げるのが「具体詩」の試みである。詳しくは、彼のウェブサイトを見ていただくとよいだろう。
 それにしても、この見る者が何かを理解しようと、あるいは感じ取ろうとする意欲をすべて跳ね返すような硬質な感覚に魅了されるのはなぜなのだろうか。それは数式の美しさに惹き付けられるのにも似ているのだが、それらが内側に孕む知的な探索がうみだす奥行きのようなものさえも具体詩は排除している。もっと、より表層的になることを欲しているように感じられる。
 それは部分要素の組み合わせが、必然によって決定されるよりも偶然性に起因しているようにみえるからでもある。一切の恣意的な読み取りを回避する醒め切った感覚は、フリージャズ的な即興ではなく電子音楽のほうに接近している。
 こうした描き出す対象を持たない表現を、私たちは「抽象」以降の芸術として多く知っている。外界を描かなくなった芸術は、内面の表出へと向かうが、具体詩にはそうした作者の生と結びつくような精神の痕跡も見出せない。まったく「名」を持たない表現なのである。ばらばらになった世界の構成要素を結びつける役割としての「名」を持たないために、全体性へと回帰していくことのないままに解体され、同時に再─配置された言葉。それにはやはり、日常の雑音を新たな音の在り方として聴取する音響系の芸術と通じるものがある。
 抽象芸術の歴史において重要なのは、宗教や民族などの文化的な共通性を持たない者同士が近接したことだろう。西欧キリスト教世界とは別の異教徒の紋様や図柄、あるいはイコノクラスム思想が持ち込まれたことも当然重視されるが、そうした形式上の影響よりも、何かの共同体や個人の「名」に回収されることがないという性質を重視すれば、具体詩の運動が世界的な広がりを持つことも納得できよう。全体性を持たないまま断片が漂流するのを眺めるのは苦痛ではあるが、いっぽうでおそらくこの「名」、あるいは自我から逃れるという快楽を与えてくれている。

会期と内容
●松井茂「松井茂短歌作品集」
頁数:64頁
発行:photographers' gallery
発行日:2007年5月5日
価格:1,050円(税込)

学芸員レポート
 開き直るわけではないが、公共スペースが少ない日本の都市において、「箱もの」と言われる自治体の文化施設が、都市空間に対して果たす役割はそれなりにあるのではないだろうか。東京都現代美術館も、バブル経済期に計画された贅沢な作りを持つ。特定の機能を持つ展示室やバックヤードスペース以外の空間が、エントランスや屋外の回遊空間などにたっぷりある。そうした空間の魅力を引き出すプロジェクトとして、鬼頭健吾が建物の中央部分にある中庭のようなスペースの壁を覆う作品を発表している。カラフルな曲線が多数反復する絵画や立体の作品を、屋外空間で展開させている。カフェとエントランスホールに囲われた無機質な空間に、ポップな彩りと運動が持ち込まれた。
鬼頭健吾《starburst galaxy》2007年 
撮影(C)木奥惠三
 これは、ブルームバーグ社の支援によって実現したプロジェクトで、なかなか大規模な公共空間をてがけるチャンスの少ない若手アーティストに実験的な機会を提供することになった。先に、公共スペースが物理的に少ないと述べたが、それだけではなく、こうした新しい試みを積極的に後押しする態度がなければ、展示空間を脱する芸術表現は生まれない。展示室の中から外へ出ることは、技術的に作品の実現を成功させることから、異なる鑑賞者のふるまいに対応することまで、さまざまな制約と交渉を経験することになる。同時代に生きるアーティストに、こうしたリスクも大きいプロジェクトを任せられる試みを少しでも増やしていく意義は大きいのではないだろうか。詳細はこちら

●MOT×Bloomberg PUBLIC 'SPACE' PROJECT
会期:20076月2日(土)〜2008年1月20日(日)

会場:東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1 Tel 03-5245-4111(代表)

[すみとも ふみひこ]
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