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上から
・旧玉乃井旅館外観
・旅館に伝わる古写真類
・西藤栄一の作品《ミチコの部屋》 |
皆さんも経験したことがあると思うが、仕事はなぜか重なるもので、「大竹伸朗展 路上のニュー宇宙」の原稿リミットと、先号のアートスケープの締め切りは見事に重なり、アートスケープ編集室に詫びを入れるハメになってしまった次第。
従って今回の原稿内容はやや旧聞に属するものである。というか最近あまり見に行けてないのです。こう書くと大竹伸朗展の準備がものすごく大変そうに暗に聞こえるのかもしれないが、準備自体はスムーズなのだが、何分作品点数が多くて作業量もそれなり。600点という作品数は、1人で展覧会を準備するにあたっての限界値のような気がする。2000点もの作品をハンドリングした「全景」スタッフの皆様には敬服するばかりです。
さて今回は築100年以上の旅館の建物をテーマにしたプロジェクト「旧玉乃井旅館<解体と再生>プロジェクト」を紹介したい。
福岡県津屋崎町(現・福津市津屋崎)旅館休業後もその建物が現存する「玉乃井旅館」では、住人である安部文範氏の企画により、これまでも幾度か現代美術展が開かれてきたが、今回は老朽化のため建物の一部を取り壊すにあたり、100年もの間、人が住み続け、旅館として様々な人が出入りし、人生を送ったその記憶に思いをはせ、美術作品を通じて再生させようという趣旨である。
古い建物、街の記憶を美術によりよみがえらせ、追体験する試みは、今やさほど珍しくはないかもしれない。しかしこうした「記憶」をテーマとしたアートプロジェクトは、その手法が新しいか、画期的かどうかは、当事者にとってはあまり意味のない問題だろう。その「記憶」とは、今回の企画で言えば企画者である安部文範氏の生まれ育った家とその家族に関するものであり、その意味ではどこまでも個人的なものである。
その個人的なものを開く触媒として、今回の美術作品ないしは美術展があるのだが、その準備は昨年10月からなされていて、出品作家や関係者が月に1度、玉乃井旅館に集っては、テーマを深める交歓会を開いてきた。私自身、こうしたプロセスには参加できず、展示を1日だけ見たのみである。しかし私が興味深く思ったのは、安部氏の両親、そして祖父母、曾祖父母の代にまでさかのぼる遺品の数々である。私は確かに美術展を見に来たはずであったが、いつの間にか(あるいは企画者の思惑どおり)、古い写真アルバムなどに見入ってしまっている。作品を見ることよりも、建物のディテールをさがしている。だが、美術展でなければここに来ていなかっただろうし、その意味では作品は透明な触媒と化していたとも言える。美術家はいずれも福岡県内在住で、安部氏と長く親交がある人たちばかりだ。安部氏個人の表現意図を、美術家たちがよく理解し、仕事をしたといえるだろうか。
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