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学芸員レポート
福島/伊藤匡愛知/能勢陽子大阪/中井康之|広島/角奈緒子
ネクストマルニライフスタイル展
柳宗理──手から生まれるかたち/OPEN LABO さわる、つくる、つかう「かたちの実験室」
広島/角奈緒子(広島市現代美術館
 広島の街を東西に走る「平和大通り」に面して建つホテルが、インテリアデザイナー、内田繁氏のプロデュースにより、「オリエンタルホテル広島」として生まれかわったのは2006年秋のこと。そのリニューアルの際、1階にギャラリーも併設され、ボレック・シペック展を皮切りに、主にデザインの分野を紹介する展覧会を開催してきた。ギャラリーの存在は知りつつも、激務にかまけてこれまで訪れたことはなかったのだが、いま、筆者のなかでひそかにブームとなっている「デザイン」について考察すべく、オリエンタルデザインギャラリーへ初めて足を運んでみることにした。
「ネクストマルニライフスタイル」展示風景
画像提供:オリエンタルデザインギャラリー
 観覧したのは、「ネクストマルニライフスタイル展」。この企画は、地元広島の家具メーカー、株式会社マルニ木工が、2005年より始動させた「ネクストマルニプロジェクト」を紹介するものである。このプロジェクトは、「株式会社マルニ木工が推進する産業と文化の融合的な活動」であり、「原点に返って、サービスとは何か、家具とは何か、事業とは何かを追究していく」内容となっている(ネクストマルニWebサイトより)。デザイナーの黒川雅之氏がプロデューサーとして指揮を執るこのプロジェクトには、そうそうたるメンバーがデザイナーとして名を連ねる。内田繁、深澤直人、妹島和世+西沢立衛/SANAA、アルベルト・メダ、ハッリ・コスキネンほか、各々がそれぞれの椅子(アームチェア、ラウンジチェア)やダイニングテーブルのデザインを手がける。
 さほど広くない、こぢんまりとしたギャラリーに足を踏み入れたとたん、空間に充満する「木」のぬくもりに包み込まれた。スペースに対して多すぎる数の椅子に囲まれ、ひとしきり戸惑うが、その風景に徐々に慣れてくるとようやく一つひとつの椅子を堪能する余裕が生まれた。展示されていた椅子はどれもとてもシンプルで、無駄な装飾は見られず、美しいかたちであった。また、使用されている木材はそれぞれ異なるものの、色の濃淡や木目、木のみずみずしさや静けさなど、素材の持つ美しさが存分に引き出されるようにデザインされていることが感じられた。どの椅子もたっぷりの愛情を注がれて生まれてきたことが、ひしひしと伝わってきた。
 作り手(デザイナーや職工)の立場にせよ、使い手の立場にせよ、プロダクト・デザインにおける重要ポイントは、素材を生かすこと、美しいかたちであること、機能的であること、この3点に集約されるのではないだろうか。ギャラリーでの筆者の体験のように、素材が生かされているか否か、かたちが美しいか否かといったことは、一瞥すればある程度は感じることができる。デザインにおいて瞬時に気づくことのできない、しかしながら非常に重要な要素、それは機能性だろう。今回は家具メーカーの企画展だけあって、展示されている椅子やテーブルには、気兼ねなく触れることも座ることもできた。気になって遠慮がちに腰を下ろしたいくつかの椅子は、身体をしっかりと受け止めてくれ、いつまでも座っていたいと思わせる心地のよさが感じられた。がしかしこの接触は一時的な体験にすぎず、これらの椅子の使い心地や機能云々を語れるほどではない。美しい椅子やテーブルと向きあいながら、一抹の寂しさを感じたのは、理解の限界をひそやかだけれど強烈に、「もの」のほうから突きつけられていたからなのかもしれない。やはり、デザイン、殊にプロダクト・デザインにおいては、製品(または道具)の本質である機能性を知らずしてその「もの」を堪能したとは言えないのではないだろうか。プロダクトにおけるデザインの真価は、日常の生活のなかで、身体をとおして感じるべきものなのか? そう思うと、デザインの展覧会は、直感的な出会いを提供する機会ともなる、そんな風に感じた。
 ちなみに、このレポートがアップされる頃、オリエンタルデザインギャラリーでは、ミナ ペルホネン展が開催されている。ファッション・デザインを眼前になにを思うか。実際に足を運んで確かめてみたい。

●ネクストマルニライフスタイル
会期:2008年5月2日(金)〜5月21日(水)
会場:オリエンタルデザインギャラリー
広島県広島市中区田中町6-10/Tel.082-240-9463

学芸員レポート
「柳宗理──手から生まれるかたち」展示風景
「柳宗理──手から生まれるかたち」展示風景
 現在、広島市現代美術館では、「柳宗理──手から生まれるかたち」展を開催中である。1915年生まれ、現在92歳の柳宗理は、戦後間もない1946年にいち早く工業デザインの研究に着手し、1950年には、柳インダストリアルデザイン研究所(現、財団法人柳工業デザイン研究会)を開設した、日本におけるインダストリアル・デザインのパイオニア的存在で、まさに時代を先取りした人物である。父、宗悦の民藝運動に少なからず影響を受けた宗理は、「アノニマス・デザイン」を目指し、用の美(機能美)とフォルムの美しさを兼ね備えたデザインを続けてきた。このたびの展覧会は、柳宗理がこれまでに手がけたデザインを概観できる内容となっている。
 展覧会準備にあたり、柳工業デザイン研究会を何度か訪問する機会を得た。研究会は、建築家、前川國男設計による建物の地下1階に入っている。地階ゆえ昼間でも薄暗く、決して広いとは言えない天井も低いオフィスは、これまで柳宗理が手がけてきたデザインの書類や資料、石膏模型や模型をつくるための工具、書籍や蒐集品であふれている。時代に逆行するようにアナログな光景が広がる室内は、なぜか郷愁にかられる空間であった。柳宗理のデザインに直結するといっても過言ではないこの研究会の雰囲気を伝えるべく、展覧会では、会場の一角に研究会の再現を試みた。楽しんでいただければ幸いである。
紙や石膏を用いたスタディモデル
紙や石膏を用いたスタディモデル
 さて、柳宗理のデザイン工程においてとりわけ特徴的なのは、すべてのデザインを模型造りから始めることと言えるだろう。バタフライ・チェアやシェルチェアも最初は、紙を切り抜いてつくられた、ごく簡単な手のひらサイズの模型である。椅子だけでなく、鍋やカトラリーなどのキッチン・ツールもまずは模型から。使い心地や持ちやすさなどを考慮し、模型で微妙な足し引きを繰り返すため、模型作成には、削ることも付け足すことも容易な石膏が好んで使われてきた。模型の段階で試行錯誤を繰り返し、これぞというかたちに行き着いてようやく、模型から数値をとり、図面を引く作業にいたるのだそうだ。柳宗理のデザイン工程では、図面を引くのは最後の仕事。手で使うものを手からつくらないでどうする、という柳宗理の考えならではないだろうか。本展では、柳宗理のデザインはもちろん、彼のものづくりに対する姿勢をも窺い知ることができる。
 また、展示されている作品に触れることが許されないことの多い美術館で、使う(触れる)ことが前提のプロダクト・デザインの展覧会を開催する、という矛盾を解消すべく、デザインをトータルに体験できるスペースを用意した。graf media gm監修のワークショップ・スペース「OPEN LABO さわる、つくる、つかう『かたちの実験室』」である。ここでは、バタフライ・スツールに座ることはもちろん、解体してみることができ、さらには各種鍋やレードルの使いやすさを実験しながら体験することもできる。週末には、実際に手を動かして「かたち」をつくるワークショップも開催される。デザインのかたちを見るだけでなく、自分の身体で実際に触れてみて、「デザイン」とはなにかということを、改めて問うてみてはいかがだろうか。
ステンレス・片手鍋 ハンドルのモデルと図面 OPEN LABO さわる、つくる、つかう「かたちの実験室」
左:ステンレス・片手鍋 ハンドルのモデルと図面
右:OPEN LABO さわる、つくる、つかう「かたちの実験室」会場

●柳宗理──手から生まれるかたち
●OPEN LABO さわる、つくる、つかう「かたちの実験室」
会期:2008年4月26日(土)〜6月15日(日)
会場:広島市現代美術館
広島市南区比治山公園1-1/Tel.082-264-1121

[すみ なおこ]
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