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学芸員レポート
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広島アートプロジェクト2008
第7回ヒロシマ賞受賞記念 蔡國強展
広島/角奈緒子(広島市現代美術館
 今回は、広島市内で11月16日まで開催されていた「広島アートプロジェクト2008『汽水域』」をレポートしたい。

 プロジェクトのディレクターは、美術家であり、現在、広島市立大学芸術学部准教授を務める柳幸典。柳は昨年にも、広島に残されているかつてのゴミ焼却場(旧中工場)を会場のひとつとして、「旧中工場アートプロジェクト」を企画している。「ゴミ」をテーマに、ゴミ焼却施設で繰り広げられた展覧会は、見ごたえのある内容であった。その第二弾ともいえる今年のプロジェクトの総合テーマは「汽水域」。汽水域とは、川が海に注ぎこむ、淡水と海水とが交じり合う広域のことで、「山と海、ローカルとグローバル、戦争に現実と平和のメッセージ」など、そこにいくつものメタファーを見出すことができるという。
広島アートプロジェクト2008「汽水域」、旧日銀会場
広島アートプロジェクト2008「汽水域」、旧日銀会場
 昨年のプロジェクト同様、テーマは大きく分けて二つ、会場もいくつかに分かれていた。「旧中2」と題された企画1のメイン会場は、旧中工場を有する吉島地区にあるボートパーク。かつて貯木場であった海域に、いまは大小さまざまなボートが整然と並ぶ。ボートの管理棟の建物(レストランや休憩所もある)、そして、いわばボートの駐車場の横の水路が会場であった。自身もボートを操り、瀬戸内海をボートで移動するという生活を送っていた柳らしい選択に、思わずうなってしまう。
 建物の中で目を引いた作品は、黒田大祐の《ファミリアいわし》。一面でこぼこに彫り出された木の板が絶妙に組み合わされ、車を形づくっている。一見しただけでは、彫り出された形がなんだかまったくわからないが近づいてよく見てみると、それが魚であることに気づく。青銀色に輝き、目玉のついた魚がところどころ本物のように見えることに感心しながらも、「なぜ魚で車?」という疑問を抱かざるを得ない。広島の人であれば、すぐに気づくのだろうか。タイトルにある「ファミリア」は、広島に本社をもつ自動車メーカー、マツダの代表的な車。そして「いわし」は、広島ではポピュラーな魚で(「こいわし」と呼ばれることが多い)、刺身やてんぷらなどで好んで食される。広島でメジャーであるということ以外共通点のない異質なものの組み合わせは、笑いを誘う。
 屋外の会場である水路には、いくつかの作品が文字通り「浮かんで」いた。飲料水の缶を組み合わせて架空の島(大陸?)を表わした北川貴好の《噴水するカンカン島》、発泡スチロールを組み合わせてつくられた、開発好明の《イカだ!》や《発泡イカダ》などが水面にぽつぽつと「展示」されている様子は、非常に興味深いと同時にかなり奇妙で、美術展覧会を鑑賞しているというよりは、なにかテーマパークに遊びにきたような感覚で楽しめたのだが、会期が短いとはいえメンテナンスが大変なのではないだろうか、強風で壊れたりしないのだろうか、などと余計な心配をしながら会場を後にした。
黒田大祐《ファミリアいわし》 開発好明《イカだ!》
左:黒田大祐《ファミリアいわし》
右:開発好明《イカだ!》
 もうひとつの企画「CAMPヒロシマ」の会場は旧日本銀行広島支店、そしてテーマは「Migration(移住、移動)」であった。被爆建物である旧日銀を会場とするこちらの展覧会は、「ヒロシマ」を国際的な視点から捉える内容で、2008年2月にベルリンで開催した「CAMPベルリン」の継続企画とのこと。国内外から参加した25組の作家たちの作品のなかで、力を感じさせたのはマティアス・ヴェルムケとミーシャ・ラインカウフの二人組みによる映像作品、《合間》である。自分たちで作成した手こぎのトロッコに乗り、深夜のベルリンで、地下鉄路線を走り抜ける、ただそれだけの映像なのだが、電車とすれ違おうと電車に追い越されようと、そして、地下であろうが地上に出ようが、ひたすら走り続ける姿がなんともいじらしく、滑稽にも映る。大都市の地下に広がる線路網をたった二人でのっとり縦横無尽に移動するさまは、社会の目や権威をくぐり抜け、自由を求めて疾走する人間の姿にも捉えられる。
 複数のものが交わりあい、別のなにかが生まれ出る。また、あるものが別の場所に移ることで、それまでとは異なった様相を帯びる。言うまでもなく、交流や移動は、「変化」をもたらす契機となる。当然のことのように思えるこの作用としての変化は、普段の生活ではじつは意外と見過ごされがちなのではないだろうか。比較的わかりやすいテーマのもと企画された「広島アートプロジェクト2008」は、混ざり合うこと、行き来することによって生じる現象について、改めて考えさせるパワーを現代美術が持ちうるということを示す場でもあったように感じた。

広島アートプロジェクト2008「汽水域」
会場:ボートパーク広島、広島市中区吉島学区・吉島東学区各所、旧中工場裏、広島駅南口前愛友市場きくや商店、旧日本銀行広島支店
会期:2008年11月1日(土)〜16日(日)

学芸員レポート
 前回このコーナーで予告したとおり、現在、広島市現代美術館では、「第7回ヒロシマ賞受賞記念 蔡國強展」を開催中である。世の中の動きを敏感に察知し、そこに潜むさまざまな問題を時にユーモラスに時に辛辣に芸術作品として表す蔡國強。ここ広島においても、「ヒロシマ」だけに留まらない問題を提起する。
 ここでは、展覧会初日に決行された花火プロジェクト《黒い花火》について述べてみたい。蔡はこれまでにも、昼間の青空に「黒い花火」を打ち上げる爆発プロジェクトを行なっている。バレンシア(スペイン)、エジンバラ(イギリス)、ニューヨーク(アメリカ)でのプロジェクトは、各国で起こったテロ事件での犠牲者への鎮魂の意が込められている。と同時に、この昼間の「爆発」は、平穏な日常に突如現われるテロリズムに見出される21世紀の戦争のあり方を皮肉的に表わしてもいる。蔡は言う、大規模な実験を経て、実用化された核兵器を用いた「キノコ雲」に象徴される20世紀の戦争は終わり、日常生活に突然脅威が現われ、そしてすぐ後にはなにもなかったかのようにおさまっている、それが21世紀の戦争の姿であると。
 広島でのプロジェクトの案が出た当初より、蔡の希望は、被爆地ヒロシマの象徴である原爆ドームを背景に黒い花火を打ち上げるというものであった。広島の比較的中心部に位置する原爆ドーム付近での花火打ち上げには、保安距離確保のほかにもさまざまな困難をともなったが、どうにか関係各位の理解を得て、実現することができた。63年前の惨劇の犠牲者の鎮魂、ヒロシマへの哀悼の意が表されたまるで喪章のような黒い花火は、見事再生を果たした広島への祝賀ともなった。破壊をも癒しをももたらすことのできる火薬。癒しとして火薬のもつパワーを信じ、作品制作の手段として火薬を用い続ける蔡。その火薬を1,200発も爆発させ、かつてキノコ雲があがった空に打ち上げられた黒い花火は、同じ空に二度と脅威がもたらされないようにとの祈りのようにも、警鐘のようにも思えた。
 展覧会では、このプロジェクトの記録映像ほか、広島での新作も紹介している。会期は2009年1月12日(月・祝)まで。ますますパワフルな蔡國強の、日本の美術館での久しぶりの個展をお見逃しなく。
蔡國強《黒い花火:広島のためのプロジェクト》
蔡國強《黒い花火:広島のためのプロジェクト》
photograph: Seiji Toyonaga

第7回ヒロシマ賞受賞記念 蔡國強展
会場:広島市現代美術館
広島市南区比治山公園1-1/Tel.082-264-1121
会期:2008年10月25日(土)〜2009年1月12日(月・祝)

[すみ なおこ]
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