今回のヴェネツィア・ビエンナーレは、「think with the senses / feel with the mind(感覚で考え、頭で感じよ)」をテーマに、初めてのアメリカ人コミッショナーとしてロバート・ストアがキュレーションを行なった。複数の資料/写真/テキストの集積で構成される作品が多かったこと、政治的なテーマを扱う作品が多かったこと、第三世界諸国の作家が多かったことが特徴として挙げられる。作品の傾向に起因する白い仮設壁を多用した展示には、会場となっているアルセナーレの古い特徴的な空間を生かしたダイナミックさはなく、美術館での展示のように単調になりがちであった。また、作品選定にポリティカル・コレクトネスが強く作用している印象を受けた。
|
|
|
アーナウト・ミック《トレーニング・グラウンド》
2007
photo: Florian Braun
courtesy carlier | gebauer, Berlin and The Project, New York |
|
一方、国別参加の展示では、オランダ館とメキシコ館が印象に残った。オランダは、「Citizens and Subjects(市民と国民)」というテーマの下、3つの部分から構成されるプロジェクトを企画した。ひとつはジャルディーニのオランダ館でのアーナウト・ミックの新作インスタレーション展示、もうひとつは『市民と国民:オランダの場合』と題される評論集の刊行、そして三つ目が2007年秋のオランダでの討論会の開催である。この形式は、ビエンナーレへの参加を契機として議論の場を開いた点で評価できる。美術と社会との密接な関係を前提に、アーティストや評論家の対談やインタヴューを多く含む書物や討論会を、展示と等価なものとして位置づける姿勢は、今回の企画にも協力しているウィト・デ・ウィス(Witte de With)など、美術を社会的な議論の場と位置づけ継続的に活動してきたアートスペースの精神を反映したものであるが、この形式自体もまた、「市民と国民」というテーマとともに、自国のアーティストの紹介に終始しがちな国別参加の形式に対する批評となっている。
ミックは、独房あるいは病院を思わせるような設備をオランダ館に設置し、その中で3点のヴィデオ・インスタレーションを展示した。ヴィデオは、いずれも不法入国など移民をテーマとしたもののようだが、背景ははっきりとは明示されない。何か大事故が起こった時のニュース映像のような断片が続くが、見ているうちにそれが訓練の様子やフィクションと混在していることに気づかされる。観客は明確な回答を与えられることなく、問いだけが残り続ける。一見分かりにくいが、じわじわと後から気になって頭から離れなくなる作品である。キュレーターのマリア・ウラヴァヨハ(Maria Hlavajova)及び、彼女がアーティスティク・ディレクターを務めるユトレヒトのBAK、そしてウィト・デ・ウィスなど、オランダのネットワークに今後も注目してゆきたい。
|
|
|
ラファエル・ロサノ=ヘメル《鼓動の部屋》
2006
|
|
メキシコは、リアルト橋近くのパラッツォ・ソランツォ・ファン・アクセルを使って、ラファエル・ロサノ=ヘメルの展示を行なった。インタラクティヴなメディア・アートだが、インターフェースが機械的ではなく、親しみをもって楽しめた。例えば《鼓動の部屋》と題された作品では、天井からグリッド状にたくさんの裸電球が吊り下げられ、点滅している。係の人に案内され、2本の棒を握ると、一旦すべての電球は真っ暗になり、自分の鼓動が入力される。そして、再び電球が点くと、そのうちのひとつの電球が自分の鼓動に合わせて点滅する。部屋に入ったときから、作品の仕組みについて理解し、自分の入力をして、部屋を出て行くまでの流れがたいへん気持ちよい作品であった。これからヴェネツィアを訪れる方は是非、体験していただきたい。 |