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秋葉原へ/秋葉原から
──現代美術とオタク的世界の交錯する場所
中村政人×森川嘉一郎
●秋葉原の持つポテンシャル
森川嘉一郎氏
森川――すでに様々な場所で語られているのでしょうが、中村さんがそもそも、アートプロジェクトの
秋葉原TV
を始められたきっかけはなんだったのですか?
中村――最初は、ソウルの清溪川(チョンゲチョン)という市場を歩いていたときに発想したものです。チョンゲチョンでも6街は、泥棒市場といって盗品が置いてある一帯がある。その街を歩いているときに、並んでいる盗品のテレビの中に、たまたま衛星放送で相撲中継をやっていた。若貴の頃でしたから貴乃花が映っていました。通りを歩いて行くと、違うテレビにまたその映像が映っている。ハードとソフトの関係で言えば、ソフトの方が勝手に移動している感覚がありました。違法ではあるが日本の衛星放送の受信圏内というだけで見れてしまう。ハードとソフトは、一定の関係があるのかと思っていたのですが、結構ずれていても成立していると感じました。つまりハードに依存するのではなく、ソフトの力で風景が一瞬異化されたという体験です。その体験から秋葉原の電気街でも膨大なハードをソフトの力で多少なりとも異化させることできるのではないかという発想に繋がったんです。韓国から帰って来たとき、悶々と頭の中にあることを実現させるためには、いずれにしても秋葉原のそばに事務所をつくらなくてはならないだろうと考えました。また、それ以前に何度か展覧会をして東京の中での自分の距離・エリアをはかってきた中で、自分の住処はこの辺かなという感じが出てきていたんです。僕の場合、それは渋谷方向ではなく、秋葉原、神田方向だったんです。
森川――普通アーティストと言ったとき、趣味的には秋葉原とは相容れない枠組みのようなものがありませんか。
中村――一般的にはそうかも知れません。でも、友だちの作家のアトリエが、秋葉原の真ん中、昌平小学校の裏にあったので、学生の頃から秋葉原へはよく行っていました。その作家はもともとはそうではなかったのに、いつの間にか電気的な作品を創り出したりしていました。当時ハイカルチャーやサブカルチャーといった美術における階層性は、確かに、実感してはいましたが、しかしそれは街の中に出ると全然実感がなくなるのです。また、欧米を旅行すると、当地の成熟した文化的な基盤を感じるわけですが、(僕たちは)そういった所と真っ向から勝負はできないということもよく話していたことです。そうしたときに、秋葉原で物を作っている人たちのパワーはより圧倒的なリアリティを持っていて現場で戦っている感じがしていました。
例えば、美術の話で言えば、川俣正さんの世代までは、「もの派」の動向などに影響を受けているわけですが、それから少し下、宮島さんから僕らの世代では、それを内面的には継承しているものがあるにせよ、人的にもプツッと切れてしまって、僕らの世代で大きく変化してしまった。その意味では、日本の現代美術は秋葉原的に変化してきている。
森川――ある種のアートプロジェクトとして、秋葉原の中の映像をジャッキングされたわけですが、実施にあたって、現場の方たちの理解をえることにご苦労をされたという話をお聞きしました。プロジェクト以前と以降とで、現場の方の理解に変化はあったのでしょうか。
中村――秋葉原TVプロジェクト3回の企画の内、3回目には理解を示してくれる人はずいぶん増えてきました。しかしやはり、例えばそれによってお店の利益が上がるなど、商業的なものに対してまで影響を与えるような企画ではなかったんです。秋葉原TV3以降にそれを超えたものを考え、実行一歩手前まではいったんですが、アイデアが出来て商業ベースにのせるサイクルが見えてしまった段階で、すでに面白くなくなってしまった。僕らはネットワークを持っていて、秋葉原の主要なお店のリスト、何階の店長が誰ということも全てファイリングしていましたから、秋葉原の仕組みを変えるような事業的なこともやろうと思えば出来たと思います。同時に、秋葉原はその頃から随分変化してきていて、最初僕たちが事務所を構えた黒門町――秋葉原から上野の方に少し外れた――ところもいまでは秋葉原の一部というぐらいのエリアになってディープな「オタク系」のお店が出来ています。だから僕たちは、オタク系ではない面白さを、なんとか世の中に見せたかったということがあります。秋葉原という街が持っていて、誰もが見ているけれど、誰もが気付かなかった要素に価値を与えたかったわけです。
森川――オタクに対する対抗意識のようなものがあったのでしょうか。
中村――いや、対抗できるようなバランスではありません(笑)。向こうは圧倒的に資本を持ち、ネットワークも持っている。僕らは初めからそこに参加できておらず、勝負にならないわけです。そんな中でどこに壁を設置するのかといえば、アート側に設置することで、初めて勝負が成立するわけです。その壁を向こう側、現場の方に設置してしまったら相手にならない。彼らと一戦交えるのではなく、それとは違った秋葉原という街の面白さ、僕らのステージを見つけていこうと。それがアートプロジェクトとしての、スキマプロジェクトであり秋葉原TVなんです。だから、逆に言うと、オタク系に比べて僕らの方が、それだけ狭い領域から戦いを挑んでいるということなのだと思いますね。秋葉原には、表に出ているよりも中に入っていった方が面白いという世界があります。コンピュータのパーツなどもそうですね。そういった狭さは、僕ら現代美術が戦っている在り方に近い部分があるのかも知れないと思いました。
森川――オタクの隙間をついていくという立ち位置に驚きますね。そもそもオタクは、文化的にもコマ−シャリスティックにもマイナーな存在です。秋葉原でも、資本にモノを言わせて踏み込んだわけではなく、家電店が衰弱し、自滅してできた隙間に入っていったわけです。本当の商売敵はビックカメラなどですが、むしろオタクの方を仮想敵に見立てるわけですね。
中村――秋葉原には神田の街づくり系の人たちの意識が残っているんですが、その会合に出てみると、あの電気街が持っているポテンシャルの高さを感じます。秋葉原のオタク的なものが出てきていることに対して、なにか違った視点からエネルギーに転換できないかと考えています。会合で打ち合わせをしているのは会社の社長さんたちばかりで、ある種、俯瞰した視点から見ているわけです。街のポテンシャルはいい意味で変化してきているのですが、それをしっかりと守ろう、作ろうとしている人たちも熱いんですよ。今後どのように変化していくのか興味がありますね。
●アウラのありか
森川――中村さんの作品は、秋葉原のテレビの映像をジャックした。また、コンビニエンスストアのサインの配色を抽出したような作品も、作られている。さらに、マクドナルドの商標も使われています。それらの作品は、通底して都市のイコンを扱っているように思われます。これまで欧米のアーティストの作品でも、産業による均質化や、コマーシャリズムを批評的に表現したものはありました。しかし、中村さんの手付きには、単に批評的であるよりも、イコンとしてのアウラをあぶり出しているように感じられるところがあります。ある種の神々しさがあると言うと大袈裟ですが、欧米のアーティストが同じような題材でやっているものとはかなり違う。
昭和30年代には、テレビなどが「三種の神器」とよばれたりしました。一家の最も重要な角に置かれ、それを買うとなると、家族会議をして、家族総出で秋葉原に出向く。そのようなイベント性があった。
しかし、ある時期から家電製品はそういったアウラを失ってしまった。60年代は、特にアメリカが宇宙開発競争をしていて、科学技術が人類のフロンティアを拡げていった時代です。その科学技術は、ひいては一般家庭の生活水準を上げ、家庭生活をどんどん便利に、輝かしいものにしていく。そうしたビジョンが、テレビや、冷蔵庫に後光を与えていたわけです。
ところが、ベトナム戦争によってアメリカの宇宙開発が頓挫する。同時に公害問題が出てきて、科学技術が作り出す未来は必ずしも明るいばかりではなくなった。『ブレードランナー』のような映画も出てくる。家電製品にアウラをもたらしていたものがしなびていってしまった。80年代はバブルでイケイケだったから良かったけれども、バブルの崩壊とともに家電製品の値段がストンと落ちた。ほぼ同じ時期にビッグカメラやヨドバシなどのカメラ系量販店、コジマ電気のような郊外系量販店が出てきた。もうテレビを買うために、わざわざみんなで秋葉原に出向くことに意味がなくなってしまい、秋葉原からそういった量販店に家電市場が奪われていったのです。
しかし、フィギュアや美少女ゲームを、かつてそういったアウラを帯びていた家電製品の代わりとして見てみると、姿こそ全然違ったものであるけれど、機能としては、実はかなり連続したものではないかと思われるのです。中村さんはオタク的なものこそ扱ってはおられないけれども、マクドナルドのサイン、コンビニの看板、交通標識といったものに、そのようなアウラを見い出そうとされている。作品化することで、それを抽出しようとされているように感じます。
中村政人氏
中村――興味自体は、今おっしゃったような部分もあります。また、今おっしゃったような作品が目立っているというのもあるでしょう。僕は他にも色々とやってはいるのですが、あまり目立たないんでしょうね。作品と言い切る場合の見せ方と、そうではないものをだらだらと考えて作っている物とは、本来同じ時空にいなくてはいけないんでしょうけれど、どうしても今言われたイコンのようなものが強いので、そのような与え方をしてしまっているのかもしれません。
最近、僕が「
湯島もみじ
」なども含めて建築的なものに寄ってきているのは、風景を圧倒的に占めている工業製品、工業住宅、コンクリートの塊も含めてどう考えるかということです。風景を30年のサイクルで考えたとき、どこかで、この風景、住宅の海を変化させるクリエイティヴィティに参加できるのではないかと考えているからなんです。マクドナルド、コンビニなど資本主義の象徴だけでなく、街のボリュームを圧倒的に占める住宅/建築という考え方そのものに対して積極的に議論をしなくてはならない。別の見方をすれば建築にもアウラがあると思うんです。家電製品の中にも、工業化住宅の中にもアウラはある。例えば、先頃セキスイハイムが大野克彦さんと一緒になって開発したM1のリユースを提案する作品を発表しましたが、M1にもアウラを感じますね。
森川――あれにアウラを見出すというのは特殊な視線ですね。
中村――そうでしょうか。作り手として、ものを作ったときに感じられる精神性なんでしょうね。工業化の精神性です。工業化の枠の中でそういった在り方を考えていかない限り、次代のサステイナブルな方向は見えて来ないと思うんです。近代を成立させてきた精神とそれ以降の考え、またその両者の組み替え。広い意味で物づくりをするということは、どのような仕組みで成り立ち、それが今いかに変化していかなくてはならないのか? または、しないのか? その中で、建築はどういう成り立ち方をして、どのように表に表われてくるのか。
森川――どのような社会的なシステムでそれが立ち表われ、受容されているのか。その仕組みの部分を浮かび上がらせようとしているわけですね。
中村――そうです。仕組みを感じるという作業でしょうね。制度は見えにくいのですが感じる局面は多々あります。誰かが触媒的に動いてくれていればそこで導かれてくる。僕のアクティヴィティが誘発した活動を他の人たちにも考えて頂き、それを街に返していく。大きなプロジェクトではありませんが、秋葉原TVによって、そうした見方が提示できていると思います。フィギュアが出てきて、オタクの人たちが街に出てきているけれど、それもまだまだ一定期間のものかも知れない。30年後、彼らが成長すると、その影響を受けた子供達がまた違ったものを作っていく。作っている人たち、クリエイティヴィティを仕掛けている人たちの活動の影響は確実に連鎖していくわけです。その連鎖の仕方が重要ではないでしょうか。森川さんが
『趣都の誕生』
にも書かれていたように、街の商業建築がミースをコピーすることで、今の都市風景は出来ている。確かにそういった面はあるとは思うのですが、近代とは、全てそうであるわけです。その中で生まれてきた僕らにすればそれがオリジナルで、コピーしてきたからどうだ、それが良い悪いと言っても始まらない。その連鎖、大きな流れで何が生まれそうになっているのか? そこを創造しなくてはならない。例えばいまリノベーションのブームがあるように、いまあるものを否定するのではなくて、その中にあるものを読み解いて次に伝えていくものを導き出さなくてはいけないのではないか。親がいて子供がいるとき、子供は親の影響をどうしても受けてしまう。親を否定することは簡単だけれど、やはり親の良さも見なくてはいけない。その仕組みの在り方が見えていないと、また同じ過ちをしてしまうわけです。60-70年代には、万博も含め、街が新陳代謝していくからメタボリックな考えが必要だろうと言われていました。しかし、実際にはそうはならなかった。なぜならなかったのか、できなかったのか。今、彼らができなかったことを検証して、しっかりやれたという事実を作らない限り、僕らが作ろうとしている未来像に関しても、30年後の未来の人たちにやってもらえるという実証にはならないわけです。セキスイハイムのM1が出てきて、30年経って、無目的な箱が街に出たとき、それが産廃になってしまうと、もちろんメーカーにも立つ瀬がないんですが、それらを受けとめる社会として、今僕らがこれからやろうとしていることに対しても実証にはならないわけです。少し大袈裟なのかも知れませんが、新しいものを作ろうとするなら、磯崎新や黒川紀章がやってきたものの形を、僕らが良い意味で変えてあげないといけないと思います。だから今アクションを起こさなくてはいけない。そういった意味での危機感があります。
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