2019年12月01日号
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「『日本画』から/『日本画』へ」展

“Nihonga kara/Nihonga e”

2006年に東京都現代美術館で催された「MOTアニュアル2006 No Border 『日本画』から/『日本画』へ」展。企画は加藤弘子と山本雅美。参加作家は篠塚聖哉、天明屋尚、長沢明、町田久美、松井冬子、三瀬夏之介、吉田有紀の7名で、いずれも当時30代の若手画家たち。ゼロ年代の新しい日本画の登場を告げたエポック・メイキングな展覧会である。天明屋尚のポップな婆沙羅から松井冬子のグロテスクな幽霊、あるいは三瀬夏之介のダイナミックな富士から町田久美のストイックな童子というように、本展はゼロ年代の日本画の多様性を的確に踏まえた構成だったが、そこにはひとつの共通項が見出せた。それは視覚的な図像の明らかな前面化である。天明屋や松井、三瀬、町田の具象性はもちろん、長沢明は虎をモチーフにしているし、比較的抽象度が高い篠塚聖哉や吉田有紀にしても、それぞれ火山と星の光が再現されていることがわかる。このようにキマイラ的(菊屋吉生)なイメージを錯綜乱舞させた日本画の登場は、ジャンルとしての「日本画」を新たな位置に転位させたと考えられる。なぜなら、この点は日本画の物質性を手がかりにしながらイメージを禁欲することで同時代を表現した80年代以来の現代美術系の日本画とは切断されている一方、新表現主義を契機として物質性とイメージ性を両立させた岡村桂三郎と連続していたからだ。それゆえ、本展は「岡村以後の状況を示す企て」(北澤憲昭)として評価されている。とはいえ、強烈なイメージを打ち出すゼロ年代の日本画を、現実と虚構の境界をなし崩しにしながら、すべての記号が自由に等価交換されうる現代社会の特徴を反映した絵画として肯定的にとらえるのか、それともそのイメージ性の無邪気な発露を、神話や民族といった事大主義的な主題によって国民絵画という象徴性を担うことを余儀なくされた歴史への回帰として批判的にとらえるのかで、見解は分かれている。いずれにせよ、日本画の現在のありようを改めて世に問うた画期的な展覧会だったことはまちがいない。

著者: 福住廉

参考文献

  • 『NO BORDER 「日本画」から/「日本画」へ』展カタログ, 東京都現代美術館編, 東京都現代美術館, 2006
  • 『美術手帖』, 「分水嶺を越えて」, 北澤憲昭, 美術出版社, 2006年4月
  • 『美術手帖』, 特集=「日本画」ってなんだろう?, 美術出版社, 2005年5月
  • 『「日本画」 内と外のあいだで シンポジウム〈転位する「日本画」〉記録集』, 「日本画」シンポジウム記録集編集委員会, ブリュッケ, 2004
  • 『「日本画」の転位』, 北澤憲昭, ブリュッケ, 2003

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