2019年09月15日号
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「アトピックサイト」展

“AtopicSite”

1996年8月1日から25日まで、東京ビッグサイトで催された展覧会。柏木博をはじめ、建畠晢、四方幸子、高島直之、岡崎乾二郎がキュレーションを担い、国内外から40名あまりのアーティストが参加した。主催したのは東京都で、同展はもともと青島幸男東京都知事(当時)が中止した世界都市博覧会の補償事業として行なわれた。従来のパブリック・アートとは異なるかたちで、都市とアート、社会とアートについての問題を提起しようとした画期的な展覧会だったが、その一方で展示された作品に対して検閲行為が行なわれたとして物議を醸し出した。「アトピックサイト」とは、特定の場所ではない、どこでもない場所を意味しているが、実際、同展では会場に限定されないアート活動が数多く紹介された。タジキスタン出身のヴァディム・ザハロフは100人の子どもたちから叶えたい夢を聞き集め、例えば会場に仮設した土俵で力士が相撲をとったり、東北の無人島で地元の子どもたちとキャンプをしたり、いくつかの夢を実現させてみせた。また、若手作家が集められた同時開催の「オン・キャンプ/オフ・ベース」展では、展示作品を外部に持ち出すことを想定してトラックのコンテナをそのまま展示ブースにした。ここには、会場の外で行なわれている活動を会場に持ち込み、会期終了後に再び元の場所に戻って活動を継続させるという企画者のねらいがあった。だが、その反面、会期前から沖縄で行なわれたアーティスト・イン・レジデンスで、アーティストのシュー・リー・チェンと地元住民のあいだで確執が生じたり、会期中にはそのプロジェクトの成果を発表した展示内容の政治性を危惧した主催者からの規制が強化されたり、あるいは屹立する男性器を露出させたシェリー・ローズによるバルーン彫刻が「猥褻」だとされ、急遽「オムツ」をはかされたり、アーティストとキュレイター、主催者である東京都、そして運営を委託された広告代理店のあいだで数々の問題が生じた。インターネットが飛躍的に社会のあり方を変え、しかし検閲の問題は依然として何も変わっていない現在、同展の意義と限界はいま一度再検証されるべきだと思われる。

著者: 福住廉

参考文献

  • 『インパクション』99号, 「沖縄封じのアトピック・サイト展」, 大榎淳, インパクト出版会, 1996
  • 『インパクション』99号, 「アトピックサイト展について」, 柏木博, インパクト出版会, 1996
  • 『社会民主』1996年10月号, 「検閲問題で浮かび上がる日本の美術文化政策」, 赤坂英人, 社会民主党全国連合機関紙宣伝局
  • 『美術手帖』1996年11月号, 「社会のなかのアート表現とはなにか?」, 美術出版社

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