2019年12月01日号
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「新宿少年アート」

“Sinjuku Shonen Art”

1994年4月23日から5月14日まで、東京・新宿の歌舞伎町一帯で催された展覧会。参加作家は、中村政人をはじめ、会田誠、池松絵美、岩井成昭、宇治野宗輝、大岩オスカール幸男、小沢剛、申明銀、清野栄一、八谷和彦、パルコ木下、福田美蘭、松蔭浩之、村上隆、村上タカシら84名。路上や喫茶店、ブルセラショップ、バス停などにそれぞれの作品が展示され、随所でパフォーマンスが披露された。93年に行なわれた「THE GINBURART(ザ・ギンブラート)」に続く、アーティストによる自主企画展であり、94年秋には福岡市で「博多少年アート」が催された。「THE GINBURART」が銀座の貸画廊を標的にしていたとすれば、本展は道路交通法と東京都美術館の利用規定に対抗していた。主催者のひとりである中村政人は本展のコンセプトを次のように言い表わしている。「流れ続けなければならない路上の法において少年のように寄り道をし立ち止まること。無菌を保とうとする美術館に注入するため活きのいい都市のウィルスを採取すること」。じっさい展示された作品は、電柱に「美術作品 首都イタリア」という看板を掲げたり(工藤裕一郎)、ゴミ捨て場のゴミが増えていく過程を撮影した写真をそのゴミ捨て場で展示したり(木村稔)、自分の作品を印刷したポケットティッシュを道行く人たちに配ったり(福田美蘭)、歌舞伎町という街の猥雑なエネルギーを利用したものが多かった。こうした作品は、例えば屋外彫刻のようなパブリック・アートとは明らかに対照的である。作品として自立しているわけではなく、美術という制度によって守られているわけでもないからだ。それゆえ、ゴミとして廃棄されたり、存在にすら気づかれずに見過ごされてしまった作品も多い。だが、道路交通法と東京都美術館の利用規定が、ともに読売アンデパンダン展から生まれた「反芸術」にとっての対抗軸だったとすれば、本展の背景には明らかに60年代の前衛美術にたいするオマージュがあり、そのことによって従来のパブリック・アートを相対化したと言えるだろう。

著者: 福住廉

参考文献

  • 「新宿少年アート」展カタログ, 新宿少年アート実行委員会, 1994
  • 『スタジオボイス』1995年4月号, 「JAPAN FLUXUS TODAY」, インファス
  • 『美術手帖』1994年7月号, 「街に繰り出すアートたち」, 村田真, 美術出版社

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