2019年04月15日号
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『スペクタクルの社会』ギー・ドゥボール

La Société du spectacle(仏), Guy Debord

フランスの思想家・活動家・映画作家ギー・ドゥボールによる1967年刊の著作。現代のメディア消費社会を「スペクタクル」という概念で捉え、批判する。スペクタクルの社会とは、マスメディアの発達とともに資本主義の形態が情報消費社会へと移行し、生活のすべてがメディア上の表象としてしか存在しなくなった状況を指す。その後『スペクタクルの社会についての注解』(1992)が書かれている。スペクタクルの社会で中心を占めるのは徹底して受動的な消費生活をおくる「観客」、すなわち保守的な中間階層(いわゆるサラリーマン層)であり、搾取の場は工場よりも日常生活となり、労働と生産をめぐる闘争よりも余暇と消費をめぐる闘争が重要となる。現代において最も示唆的なのは、『注解』で示された、東西冷戦後のスペクタクルの「統一的」形態であろう。この統一的スペクタクルの最大の特徴は、反体制的言説自体がパッケージされたメディア的情報として(したがってしばしば商品として)制度に同化吸収され、逆にメディア的権力性そのもの(例えば監視の概念など)が社会の無意識となるまでに一般化することである。したがってスペクタクルの社会は、例えば往々にして単なるメディア操作などと安易に混同されがちであるが、実はまったく逆であり、むしろ操作の概念が一般化してしまうことによって、一見反体制的な言説がまったく抵抗としては機能せず、むしろスペクタクルの連続性と支配を強化することにしか寄与しない状況をいうのである。彼の著作の文体は秘教性と選民主義的傾向に満ちているが、それ自体が情報社会の自己言及性を逆手に取ったパロディとしての側面を持っている。つまり「民主主義対全体性」や「個別性対権力」といった単純な闘いが無効化されたなかで、その両者をたやすく飲み込んでしまう怪物じみた情報を反映することで批判するということが、これらの書物の戦略である。その意味で、スペクタクルもまた有効であるということが(反面においては)言えるのである。

著者: 河合政之

参考文献

  • 『スペクタクルの社会』, ギー・ドゥボール(木下誠訳), ちくま学芸文庫, 2003
  • 『スペクタクルの社会についての注解』, ギー・ドゥボール(木下誠訳), 現代思潮新社, 2000
  • 『情報社会を知るクリティカルワーズ』, 田畑暁生編, フィルムアート社, 2004

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