2019年09月01日号
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『ドキュマン』

Documents(仏)

G・バタイユが編集に深く関与した雑誌で、1929年4月から翌年にかけて第15号まで刊行された。発起人は学識者らで、画商G・ウィルデンシュタインの資金提供により学術的な雑誌として当初は計画された。トロカデロ民族学博物館副館長のG・H・リヴィエール、『黒人彫刻』や『二十世紀の芸術』の著者であるC・アインシュタインらの協力および寄稿はその代表的なものである。しかし、その一方で、実質的な編集長であったバタイユの方針により、またシュルレアリスムからの離脱者M・レリス、G・ランブール、M・グリオールらの参加により早い時期から逸脱の様相を示し、第4号の見出しからは、それまでの「学説、考古学、美術、民族誌学」に「バラエティおよびグラフ雑誌」という言葉が加わった。そうした出資者の意図に沿わぬ方向性が雑誌を短命に終わらせたが、バタイユの伝記作家M・シュリヤに従えば「シュルレアリスムが何でなかったか、この運動がブルトンの庇護のもとでは何になりえなかったかを浮き彫りにした」アクチュアルで論争的な雑誌でもあった。バタイユの寄稿は、第1号の「アカデミックな馬」から第15号の「現代精神と置換の手法」まで短文も合わせると30本以上にのぼる。美術家について言及されたものとしては、「供犠的身体毀損とヴァン・ゴッホの切られた耳」やミロを評価する短い文章がある。また、バタイユ以外の執筆者、特にアインシュタイン、レリス、ランブールらにより同誌で採り上げられた美術家には、ピカソ、ブラック、レジェ、クレー、ジャコメッティ、ミロなどがいる。

著者: 長チノリ

参考文献

  • 『G・バタイユ伝』, , ミシェル・シュリヤ(西谷修ほか訳), 河出書房新社, 1991
  • 『ドキュマン』, , ジョルジュ・バタイユ(江澤健一郎訳), 河出書房新社, 2014

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