2019年09月15日号
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『美術批評』

Bijutuhihyo

美術出版社から発行されていた月刊美術誌。1952年1月に創刊され、57年2月の第62号をもって「絶刊」した。編集長は西巻興三郎。『美術手帖』から独立するかたちで『美術批評』を創刊した西巻は、後に『美術手帖』に掲載が移る「芸術評論」を自ら企画し、東野芳明や中原佑介、多木浩二、中村一義、金子昭二ら戦後世代の中心となる美術評論家たちを輩出した。この雑誌の特徴は2点ある。ひとつは「ROUND TABLE」という読者投稿欄を設けていた点で、もうひとつは美術批評についての批評、すなわちメタ批評が盛んに行なわれていた点である。前者については、ほとんど毎号に、読者からの疑問、質問、意見、展評などが掲載された。例えば、針生一郎は同欄への投稿をきっかけとして美術評論家として活動を始めたし、その針生と武井昭夫のあいだで交わされた「スカラベ・サクレ論争」には意欲的な一般読者の数人が批判的に介入した(1956年4月号-7月号)。また、画家の村上善男はリアリズムに関するソヴィエト美術学生からの手紙を同欄で公開し(1955年9月号)、デビュー前の織田達朗は「シロウト的妄言多謝」というかたちで針生に批判的なコメントを寄せた(1956年2月号)。後者については、美術批評のあるべき理想や現状への不満が一般読者から率直に述べられ、場合によっては美術評論家が回答を寄せることも少なくなかった。雑誌『美術批評』は、寄稿者の有名無名を問わず、批判と応酬の反復によって批評的な言説が生産される現場となっていたのである。

著者: 福住廉

参考文献

  • 『あいだ』110号-115号、117号, 「批評の英雄時代 『美術批評』(1952-1957)誌における現代美術批評の成立」, 光田由里, 「あいだ」の会

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