2019年10月01日号
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アニメーションと前衛美術家

Annimation and Artists in 1960s

1960年代の前衛美術家とアニメーションの関係は深い。作品を制作することで収入を得るという理想と、作品を制作すること以外の労働に従事せざるを得ないという現実の乖離は、今も昔も、美術家にとって切実な問題だが、当時の前衛美術家たちもそうした問題の解消を求めて、アニメーション制作会社に向かったからだ。56年に発足した東映動画(現在の東映アニメーション)には、手塚治虫のほか宮崎駿や高畑勲、金田伊功ら、後に日本を代表する漫画家やアニメーション映画監督が在籍していたことが知られているが、その一方で佐々木耕成、小林七郎、小華和ためお(為雄)といった前衛美術家たちも関わっていた。いずれも「ジャックの会」という前衛美術グループで活動していたが、生活のために東映動画でアニメーションを制作していたのである。なかでも小林は、68年に独立して小林プロダクションを設立し、その後日本を代表するアニメーション美術監督となった。『ガンバの冒険』(1975)や宮崎駿のデビュー作『ルパン三世カリオストロの城』(1979)、押井守の出世作『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984)など、小林は数多くのアニメーション作品で美術監督を務めた。60年代の前衛美術家たちのなかには、後年になって純粋絵画に回帰した者が多かったが、小林のように大衆芸術へ展開した者も少なくなかったのである。

著者: 福住廉

参考文献

  • 「佐々木耕成 『全肯定 OK. PERFECT. YES』」展カタログ, 3331 Arts Chiyoda, 2010
  • 『小林七郎画集 空気を描く美術』, 小林七郎著、スタジオジブリ編, 徳間書店, 2002

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