2019年08月01日号
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ウィーン工房

Wiener Werkstätte(独)

1903年、ウィーン分離派のメンバー、ヨーゼフ・ホフマンとコロマン・モーザーが、実業家フリッツ・ヴェルンドルファーの後援を受けて創設した、ギルド的組織。「公衆・デザイナー・職人の三者間における親密な交流を行ない、高品質の家具を製作する場と自らの販路を確立する」ことを目的としていた。同工房が「ギルド組織」の形態を採用したのは、ウィリアム・モリスらのアーツ・アンド・クラフツ運動の影響であり、なかでもC・R・アシュビーが創設した「手工芸ギルド学校」がそのモデルとなっている。彼らは1900年の分離派展において、C・R・マッキントッシュとアシュビーの作品を中心に据え、英国との活発な交流を行なっていた。だが同工房は、アーツ・アンド・クラフツ運動の掲げた社会改革という問題意識にではなく、スタイル自体への関心が強かった。格子と方形による幾何学的モチーフを多用する同工房は、その明確な美意識によって、ウィーンにおける前衛的なデザインの中心地となり、国際的にも評価された。ホフマンが設計した《ストックレー邸》(1905-10)の仕事にみられるように、同工房は裕福な知識人・芸術家達によって受け入れられた。しかし、その財政は、機械ではなく手仕事による芸術的に完璧な仕上げを求めるホフマンらの姿勢によって、次第に苦しくなっていく。モーザーが去った後、15年から参加したダゴベルト・ペッシュは、従来に代わる折衷的、曲線的なスタイルをもたらし、ホフマンの後期作品でさえもそれに従うようになった。28年、同工房は25周年記念を祝ったが、その4年後、財政難を理由に解散を余儀なくされた。

著者: 竹内有子

参考文献

  • 「ホフマンとウィーン工房」展カタログ , 豊田市美術館, 1996
  • 『ウィーン工房の装飾文様 オーストリア工芸美術館所蔵(ウィーンのアール・ヌーヴォー アール・デコ 1)』 , オーストリア工芸美術館編, 学習研究社, 1989
  • 『ウィーン工房の装飾文様 オーストリア工芸美術館所蔵(ウィーンのアール・ヌーヴォー アール・デコ 2)』, オーストリア工芸美術館編, 学習研究社, 1989

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