2019年08月01日号
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セザンニスム

Cézannism(仏)

「セザンヌ主義」と訳されるが、セザンヌが後世の芸術家たちに与えた芸術的影響のこと。セザンヌの芸術がひとつの「主義」と形容されるほどの影響力をもったのは、何よりその革新性にあるが、最初にその点に注目したのはモーリス・ドニらナビ派の若い画家たちであった。セザンヌがエクス=アン=プロヴァンスに引きこもっていた1880年代の終わり頃から彼らはセザンヌに注目し、1900年にドニが《セザンヌ頌(礼賛)》という作品を描き、エミール・ベルナールは『セザンヌ論』を発表した。そのベルナールへの手紙の中でセザンヌが「自然を円筒形と球形と円錐形によって扱うこと」と記した言葉が、ベルナールの手により『オクシダン』誌(1904)に掲載され、キュビスムの理論的根拠となったことはあまりにも有名である。このような若い画家たちとの関係性以外に、セザンヌの名を知らしめることとなったもうひとつの事例は、1895年に画商アンブロワーズ・ヴォラールがパリで開催したセザンヌの大規模な個展であった。ヴォラールはその後もセザンヌの個展を繰り返し開催し、1900年代には全欧のあらゆる展覧会にセザンヌは出品を求められるようになっていた。さらに04年には、サロン・ドートンヌにおいてセザンヌの特別展が開催され、彼は最も革新的な画家としての評価を確立したのである。彼の作品そのものが、キュビスムの創始者であるブラックやピカソ、さらにアンリ・マティスらのフォーヴィスム、アメデオ・モディリアーニらのエコール・ド・パリなど多くの後進の画家たちに影響を与えたのである。このようにして確立した彼の名声は、その死後、批評家や美術史家の間でさらに高まってゆくこととなる。特にロジャー・フライとクライヴ・ベルによるセザンヌ絵画——特に形式(フォーム)——の分析を通して展開された「フォーマリズム」の美術理論は、セザンヌを20世紀美術における造形的探求または形式(フォーム)発見の祖に位置づけることとなったのである。セザンヌ芸術の影響は日本においても顕著で、雑誌『白樺』などの文芸誌によって紹介され、岸田劉生や安井曾太郎などの洋画家及び批評家に影響を与えた。

著者: 小野寛子

参考文献

  • 『岩波世界の美術 セザンヌ』, メアリー・トンプキンズ・ルイス(宮崎克己訳), 岩波書店, 2005
  • 『セザンヌ受容の研究』, 永井隆則, 中央公論美術出版, 2007
  • 「セザンヌ主義 父と呼ばれる画家への礼讃」展カタログ, 横浜美術館、北海道立近代美術館, 2008

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