2020年10月15日号
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ポストドラマ演劇

Post-Dramatic Theatre

ドイツの演劇学者、ハンス=ティース・レーマンが『ポストドラマ演劇』(1999)にて提唱した欧米圏の新しい演劇美学を理論化するための概念。とりわけ1970年代以後のドラマ形式にとらわれない多様な上演芸術に対する指標的な命名である。戯曲テクストを上演素材として扱い、脱文脈化された詞・声・音・光・身振りの多様な感覚印象からなる連想的な意味生成や、観客と実際に関わるコミュニケーションの効果から変容の場/プロセスを組織する「パフォーマティビティ(行為遂行性)」が大きな特徴とされる。その先駆的な事例に、始まりも終わりもない風景のイメージ(ロバート・ウィルソン)、死を反復する儀式(タデウシュ・カントール)、舞台化不可能な対話が崩壊したテクスト(ハイナー・ミュラー)等がある。また、ポストドラマ形式の歴史的発展は、演劇(シアター)=戯曲(ドラマ)の同一視が、上演の場において脱構築される自己省察のプロセスとして描き出される。アリストテレスの定義した「悲劇」を模範とするドラマは、第一に読み物としての劇詩であり、伝統的に上演の芸術性は戯曲の文学性によって正当化されていた。しかし、ペーター・ションディが「ドラマの危機」としてテーゼ化した19世紀末のドラマは、劇的行為の主体である「人間」への疑いから、ベルトルト・ブレヒトの劇作に見られるような、ドラマの対話や筋の進行から逸脱した叙事化の傾向を示すようになる。一方、シアターの側では歴史的アヴァンギャルドの実践、すなわち上演芸術の自律を目指したゴードン・クレイグ、マックス・ラインハルト、フセヴォロド・メイエルホリド等の演出家演劇の系譜、あるいは未来派やダダからハプニング、ガートルード・スタインの「ランドスケープ・プレイ」からロバート・ウィルソンの「イメージの演劇」にまで至るパフォーマンス・アートの潮流が、演劇のドラマ中心主義を大きく揺るがせた。ポストドラマ演劇は、ドラマの創造と鑑賞から人々が集まり出来事を産出する上演参加に美学的位相をシフトさせたことで生まれたのである。それゆえ、レーマンによれば、ポストドラマ演劇は共同体の秩序を再生産するシアターの政治性を明るみに出し、観客の共同責任を問題化する形式でもある。

著者: 渋革まろん

参考文献

  • 『ポストドラマ時代の創造力──新しい演劇のための12のレッスン』, , 早稲田大学演劇博物館編、藤井慎太郎監修, 白水社, 2014
  • 『現代戯曲の理論』, , ペーター・ションディ(市村仁、丸山匠訳), 法政大学出版局, 1979
  • 『パフォーマンス研究──演劇と文化人類学が出会うところ』, , リチャード・シェクナー(高橋雄一郎訳), 人文書院, 1998
  • 『パフォーマンス:未来派から現在まで』, , ローズリー・ゴールドバーグ(中原佑介訳), リブロポート, 1982
  • 『ポストドラマ演劇』, , ハンス=ティース・レーマン(谷川道子ほか訳), 同学社, 2002

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