2019年08月01日号
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リアリズム論争

Realism Debate

1946年から足かけ4年、美術批評家の土方定一と林文雄、植村鷹千代、画家の永井潔や石井柏亭らのあいだで交わされた、リアリズムの定義とそれに対応した美術の在り方に関する誌上論争。口火を切ったのは林で、黒田清輝がR・コラン系の「写実」を移植した頃に「新しい自由な対象の絵画的な構成、マアレリッシュ(絵画的)・レアリズム」が確立したとする戦前の土方の論に『黄蜂』誌上で異議を唱えた。林の主張とは、主題・描写に真実より美への偏愛が見られる黒田の絵画ではなく、新しい階級の「典型的な真実」を「見たままに描く」高橋由一のそれこそを近代美術におけるリアリズムの出発点にすべきというものであった。それに対して土方は「思想史的な意味附与と絵画的な意味附与との混同」であると林を批判し、その後も絵画の「政治的価値と芸術的価値」を満たすリアリズムの在り方が争われた。端的に言えば、林は主題に、土方は技法にそれを求めたのである。また、土方は同時代のリアリズム美術に対して「模写的リアリズムの限界」であると批判したが、当事者のひとりである永井が、模写説の否定は主観主義的傾向をリアリズムの名のもとに許容する危険性があると反論した。土方の回答はクールベの模写説を単なる理論として受容しているだけで絵画内部に結実させていないところに限界があると断じた。さらにはその三人の論争に対して植村が主体内部の「模写」表現であるアヴァンギャルド芸術までをリアリズムに含めるべきという主張で論争に加わった。その後、画壇の重鎮である石井による永井の模写説擁護、それに対する古沢岩美や植村の、そして土方の持論を貫き通す反論で、和解を見ることなくこの論争は終結していく。後の論者らは、歴史的・地理的背景を考慮しながら戦後日本におけるリアリズムを造形面から追求した土方の立場に最も理解を示している。

著者: 長チノリ

参考文献

  • 『日本近代美術論争史』, 中村義一, 求龍堂, 1981
  • 『美学芸術学論集4』, 「現代美術としての具体 戦後日本の文脈における位置について」, 植松篤, 神戸大学, 2008

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