2019年09月15日号
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伝統論争

Dento Ronso(Controversies on Tradition)

1955年から56年の『新建築』において、当時の編集長であった川添登が仕掛けた論争で、多くの建築家を巻き込み、建築における現代と伝統の関係性についてさまざまな見解が論じられた。伝統論争の始まりとされるのは、『新建築』の55年1月号によせられた丹下健三の論考「近代建築をいかに理解するか」である。この中で丹下は、「美しきもののみ機能的である」と述べ、素朴な機能主義的建築観を批判する一方、伝統的な形態をそのまま用いることも否定した。個別の作品解説ではないこのような独立した論考は、当時の編集長である川添登が、丹下に依頼したものと言われている。これをきっかけに翌56年までに、篠原一男、池辺陽、吉村順三、さらには芸術家の岡本太郎などが同誌で伝統について論じた。背景には戦後10年が経ち、日本の過去の芸術、建築を現代の視点から捉え直そうとした、当時の伝統に対する熱気がある。しかし、さまざまな自論が並立した「伝統論争」は、現在では、丹下と白井晟一の論を対極とする構図で語られることがほとんどである。白井は56年8月号において、論考「縄文的なるもの」を発表し、その中で、これまでの論争では、伝統が貴族文化である弥生系に片寄って捉えられているとし、素朴で民族的な「縄文的なるもの」とは区別されるべきとした。この論文は、伝統に対し、複数の系譜の存在を明快に述べた点で、画期的なものであった。その後、「伝統論争」と呼ばれることとなる誌面上のにぎわいは、明確な解答を出すことなく終わる。しかしそのことが、伝統とは個々の中で理解し、創出されるべきだということを、現代の建築家に意識させることとなる。

著者: 塩原裕樹(大阪市立大学倉方研究室)

参考文献

  • 『日本文化と建築』, 川添登, 彰国社, 1965
  • 『建築と伝統』, 川添登, 彰国社, 1971
  • 『戦後建築論ノート』, 布野修司, 相模書房, 1981

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