2019年06月01日号
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分離派建築会

Bunriha Kenchiku Kai

1920年、東京帝国大学建築学科の卒業生の6名が始めた日本初の近代建築運動を担った組織。野田俊彦による『建築非芸術論』(1914)以降、東京帝国大学では佐野利器が中心となり、耐震構造など建築の実用性を強調する傾向にあった。それに反発するかたちで「分離派建築会」は結成、建築の芸術性を主張し、過去の建築様式から分離した建築の創造を目指した。メンバー(石本喜久治、堀口捨巳、滝沢真弓、矢田茂、山田守、森田慶一)は共通して、古典様式を排した曲線や曲面による造形を多用し、ドイツ表現主義建築の影響を色濃く受けていたと言える。彼らの卒業の年(1920)の7月には、東京の日本橋にあった白木屋で「分離派展覧会」と称した第1回展覧会を開催。それに併せて作品集も刊行し、作品とともに各自の建築理論を掲載した。第2回以降、蔵田周忠、山口文象らを加え、28年の第7回展覧会まで行なわれた。この展覧会は建築作品としての図面や模型をもって社会に問い、建築に関する考え方を改革することを訴えた日本で最初の試みであった。これらの活動は同世代の建築家や学生たちの共感を呼び、22-23年にかけて、類似の小規模なグループが各地で結成された。そのなかでも、「創宇社建築会」(1923-31)は、「分離派建築会」解散以降の建築運動の中心的役割を担った。

著者: 喜多亮介(大阪市立大学倉方研究室)

参考文献

  • 『建築史』, 堀口捨巳, オーム社, 1970
  • 『日本の近代建築 その成立過程(下)』, 稲垣栄三, 鹿島出版会, 1979
  • 『近代建築史』, 蔵田周忠, 相模書房, 1965

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