2019年11月15日号
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文房堂

Bumpodo

文房堂は1887年創業の老舗画材店である。日本における洋画材の輸入・販売や国産油絵具の開発で中心的な役割を果たした。19世紀の日本では、油彩画や水彩画の画材は製造されておらず、洋本屋などが仕入れるわずかな輸入品か、日本画の画材を流用した粗悪な類似品を使用するしかなかった。こうした状況で、1887年6月、池田治郎吉は丸善の創始者である親戚の早矢士有的から中西屋書店の一角を借り受け、東京の神田に池田文房堂を開いた。文房堂はウィンザー&ニュートンをはじめとするヨーロッパの画材メーカーの商品を輸入するとともに、1904年前後から洋画の筆や国産のキャンヴァスの販売を始めた。このときにフランスの寸法規格に倣って木枠の製造を始め、これが日本における油絵の号数規格となった。20世紀初頭には、洋画は一般市民にも浸透し、アマチュアは主に水彩画を、プロは油彩画を描くようになった。文房堂の名前は画家のあいだで知られるようになり、06年に中西屋書店から独立して神田すずらん通りに現在の店舗を構えた。10年代は洋画が大衆に浸透した一方で第一次世界大戦の影響から油絵具の輸入が止まったため、文房堂は油絵具の生産に着手した。発明家の長崎春蔵が17年に油絵具の研究を始めると、文房堂は彼を雇い入れて19年に絵具工場を設立し、翌年、「専門家用文房堂アーチスト油絵具」を発売した。当時はほかにも桜木油絵具などが油絵具の研究を行なっていたが、プロの使用に耐えうる油絵具の販売は文房堂が初めてであった。30年には岡田三郎助、石井柏亭ら当時の一流の画家に依頼して文房堂の油絵具による展覧会を開催し、プロユースの画材メーカーとしての地歩を確立した。文房堂本店は関東大震災を生き残った数少ない建物のひとつであり、90年の建て替え工事の際は千代田区の要請を受けて正面外壁を保存した。2003年には千代田区景観まちづくり重要物件に指定されている。

著者: 荒木慎也

参考文献

  • 『本の街』1987年4月号-8月号, 「中西屋書店と文房堂物語」, 本の街編集室

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