2019年06月15日号
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新興写真

Shinko Syashin

1920年代末から30年代にかけて日本の写真界に起きた新しい写真表現の動向のこと。小型カメラによるスナップショットや、極端なクローズアップ、広角、仰角、俯瞰での撮影、フォトグラム、フォトモンタージュといった技法を用いて、それまでの芸術写真とは異なる、カメラやレンズによる機械の眼を生かした表現を試みた。30年にはカメラ雑誌『フォトタイムス』の海外作品紹介コーナー「モダーン・フォトセクション」が、ドイツやフランスから始まったこの動向を積極的に紹介して啓蒙を推進。同誌の主幹・木村専一が中心となって「新興写真研究会」も立ち上げられ、堀野正雄、渡辺義雄、伊達良雄、光村利弘、佐藤黒人らが参加した。31年には「独逸国際移動写真展」が東京と大阪を巡回。そこで紹介されたマン・レイやモホイ=ナジなどの作品が来場者に鮮烈な影響を与え、浪華写真倶楽部、丹平写真倶楽部、芦屋カメラクラブなど、関西の写真家団体が一斉に芸術写真から新興写真への移行をはかった。また、東京では野島康三らによって写真雑誌『光画』が創刊され、新興写真の担い手たちの発表の場となった。しかし、同誌や堀野の写真集『カメラ・眼☓鉄・構成』が刊行され、渡辺義雄が「カメラ・ウワーク」を『フォトタイムス』に連載した32年をピークに新興写真の手法はマンネリ化し、流行に翳りが見え始める。一部の写真家は、シュルレアリスムや抽象表現を取り入れた前衛写真へと向かったが、やがて戦況の緊迫がそれらの運動を停滞させ、新興写真に用いられた技法の数々は、戦時下体制における報道写真の制作のために利用されていった。

著者: 冨山由紀子

参考文献

  • 『新興写真の作り方』, 金丸重嶺, 玄光社, 1932
  • 『東京都写真美術館紀要No.3』, 「新興写真研究会についての試論」, 金子隆一, 東京都写真美術館, 2002

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