2019年06月15日号
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日展

Nitten

日本最大の公募展。1907年に政府が主導して「文展」(文部省美術展覧会)が設立され、以後「帝展」(帝国美術院美術展覧会、1919-)、「日展」(日本美術展覧会、1937-)と改称され、第二次世界大戦によって一時的に中断を余儀なくされるも、46年に復興し、現在に至る。55年に社団法人化され、2012年より公益社団法人化された。日展が設立された背景には、日本画壇における日本美術協会と日本美術院の、洋画壇における明治美術会と白馬会の対立関係があった。それらを融和させるために、国家が主導して設立されたのが「文展」だった。とはいえ同展には、審査への不満や派閥争いなどにより内紛が絶えず、洋画では二科会、日本画では国画創作協会や日本美術院の再興など、さまざまな在野団体を生むことになった。だがそれらの在野団体にも、日展は大きな影響力を持っていた。例えば、文展の出品部門は、発足当初から日本画、洋画、彫刻の部門に分けられ、1927年の帝展に工芸美術が、戦後の48年の日展には書が加えられたが、この分類体系は同展以外の公募展にもおおむね踏襲された。また、幹部会員が公募作品を審査して授賞するという仕組みも基本的には変わらない。このような公募展の序列的な秩序に反発した美術家は自由に出品できる「読売アンデパンダン」展を目指し、戦後の美術評論家の多くも個展への挑戦を美術家たちに説いた。とはいえ、日展に代表される公募展が日本独自の美術制度であることは疑いのない事実である。

著者: 福住廉

参考文献

  • 「日展100年」展カタログ, 日本経済新聞社, 2007

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