2019年06月15日号
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日本工房

Nihon-kobo

1933年から45年にかけて、名取洋之助を中心に組織された、海外向け写真エージェンシーおよびグラフ・ジャーナルに関する会社。ドイツ・ウルシュタイン社での経験でグラフ・ジャーナリズムの方法論を身につけ、日本に帰国した名取洋之助は、木村伊兵衛、原弘、伊奈信男、岡田桑三らと、第一次「日本工房」を、33年に設立する。しかし設立してすぐさま、名取とその他中心メンバーの意見は対立し、組織は分裂。翌34年、太田英茂らの参加を得て、第二次「日本工房」がスタートする。参加したスタッフとしては、土門拳、藤本四八などの写真家、山名文夫、河野鷹思、信田富夫、亀倉雄策、高橋錦吉などのグラフィック・デザイナーらがおり、第二次大戦後の日本の写真界、グラフィック・デザイン界の立役者たちを、多く輩出することになった。日本工房の活動として特筆すべきは、グラフ誌『NIPPON』の刊行である。34年に創刊された『NIPPON』は、英、独、仏、スペインなど複数の言語によるものであり、国内向けの雑誌というよりもむしろ、対外宣伝としての性質を持つものであった。39年に、日本工房は国際報道工芸株式会社と改称し、戦時体制下の内閣情報局の下請けといった形で活動を継続し、国策宣伝の性質をより色濃くすることになる。『NIPPON』は36冊の刊行が確認されているが、印刷技術の高精度や、精緻な写真のモンタージュ、繊細なタイポグラフィなど、当時としては極めて高度な紙面設計がなされている。軍国主義下の国策宣伝に関ったという点においては批判もあるが、近代的なグラフ・ジャーナリズムの様式を、欧米と同レヴェルの精度で展開したということに対しては、今日なお評価が高い。

著者: 土屋誠一

参考文献

  • 『NIPPON先駆の青春 名取洋之助とそのスタッフたちの記録 1934-1945』, 「日本工房の会」編集委員会編, 日本工房の会, 1980
  • 『報道写真の青春時代─名取洋之助と仲間たち』, 石川保昌, 講談社, 1991
  • 『わがままいっぱい名取洋之助』, 三神真彦, ちくま文庫, 1992
  • 『名取洋之助と日本工房「1931-45」 』, 白山眞理、堀宜雄編, 岩波書店, 2006
  • 「名取洋之助の仕事 1930年代 写真鎖国主義をとらなかった先駆者」展カタログ, 西武美術館, 1978

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