2019年08月01日号
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日本画

Nihon-Ga

明治時代に西洋絵画に相対するジャンルとして開発された近代絵画。おもに和紙や絹を支持体として、岩絵具などの顔料を膠で定着させることで着色するほか、墨汁を用いて描かれる。こうした伝統的な技法にもとづく諸流派を総括しながらも、西洋絵画をある程度摂取しつつ、しかし「洋画」とも「書画」とも異なる、日本独自の絵画として「日本画」はつくられた。「日本絵画」という場合は、「日本画」以前の平面表現全般を指す。その名称が端的に示しているように、「日本画」は国民国家の形成と深く関わっていた。「日本画」を創始した当事者はアーネスト・フェノロサと岡倉天心だが、彼らの背景には西洋社会に対抗しうる日本を打ち立てようとする国粋主義があった。1887年、両者の尽力で開校した東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)も、日本画部門が設けられた反面、西洋画部門はなかった(その後、1896年に開設)。こうした国粋主義の傾向は、第二次世界大戦まで続いたが、戦後になると深刻な反省を迫られ、旧来の「日本画」に対して「日本画滅亡論」が唱えられたこともあった。1980年代には、「日本画」のニューウェイヴともいうべき、諏訪直樹、間島秀徳、山本直彰らが台頭し、「日本画」の現代美術化が押し進められた。「日本画」と「現代美術」の境界が溶融する傾向は、ゼロ年代に入るとよりいっそう拍車がかかり、たとえば「『日本画』から/『日本画』へ」展(東京都現代美術館、2006)では、ポップや古典回帰など、さまざまな「日本画」が現われた。画題のうえでも技法のうえでも、現在の「日本画」はかつてないほど多様化しており、その名称の妥当性が議論の的となっている。

著者: 福住廉

参考文献

  • 『日本の近代美術2 日本画の誕生』, 佐藤道信責任編集, 大月書店, 1993
  • 『「日本画」の転位』, 北澤憲昭, ブリュッケ, 2003
  • 『「日本画」内と外のあいだで シンポジウム〈転位する「日本画」〉記録集』, 「日本画」シンポジウム記録集編集委員会 , ブリュッケ, 2004
  • 『美術手帖』1984年5月増刊号, 「反日本画滅亡論」, 弦田平八郎, 美術出版社

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