2019年09月15日号
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東京美術学校

Tokyo School of Fine Arts

東京美術学校(美校)は、1887年に設立された官立の美術学校である。現在の東京芸術大学美術学部の前身であり、日本の美術アカデミズムの中枢として大きな影響力を誇ってきた。日本初の官立美術学校である工部美術学校が83年に廃校になった後、国粋主義の高まりを受けて、伝統美術の保護と育成を目的として設立された。当初は日本画と木彫の二科のみであり、岡倉天心とフェノロサを理論的指導者として、橋本雅邦、川端玉章、高村光雲らを指導者に迎えた。その後、西洋画への関心が再び高まると、96年に西洋画科と図案科が新しく設立され、黒田清輝、藤島武二、横山大観らが教官となった。なかでも黒田は西洋画の教育方針に大きな影響を持ち、工部美術学校時代の模写教育を廃し、石膏・人体の木炭デッサンを基礎とした教育をつくりあげた。20世紀に入ると、東京美術学校はますます美術教育の中心的な役割を果たすようになった。1920年代には西洋画科の入試倍率が8倍を超え、日本画も5倍になった。このような人気を受けて、教授たちは私設の美術研究所を開き、予備校的な教育をほどこすことで、入学者数を競うようになった。また、教授を次々に海外へ派遣することで、最新の美術スタイルや新しい美術教材を日本にもらたす窓口としての機能を果たしてきた。その一方で、美術研究所から文展・帝展の入賞者までを美校の教官が実質管理する状況は、東京美術学校を頂点とした強固な美術ヒエラルキーを築き、官立主義として私立美大や在野の美術家から批判を浴びる原因にもなった。47年にGHQの指導により教育基本法が制定されると、東京美術学校は隣接する東京音楽学校と合併し、国立の東京芸術大学となった。

著者: 荒木慎也

参考文献

  • 『東京芸術大学百年史』, 東京芸術大学百年史編纂委員会, ぎょうせい, 1987-2003

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