2019年09月15日号
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草月アートセンター

Sogetsu Art Center

草月会館において、1958年9月に映画監督の勅使河原宏によって設立された組織であり、60年代を通して日本国内の前衛的な芸術・文化を牽引する中心的な存在となった。現代音楽、ジャズ、映画、実験映画、アニメーション、演劇、ハプニングなど、きわめて幅広い領域にわたるイヴェントを草月会館、および外部の会場において開催し、機関誌『SAC』を刊行した。音楽については、その始まりからジャズと現代音楽を取り上げていた。61年以降は実験音楽にも力を入れ始め、「グループ音楽 第一回公演 即興音楽と音響オブジェのコンサート」(1961年9月)や、「ジョン・ケージ、デイビッド・テュードア演奏会」(1962年10月、64年11月)を催している。ダンスでは「マース・カニングハム・ダンス・カンパニー来日公演」(1964年11月)を催している。ハプニング・イヴェントとしては「Expose'68 なにかいってくれ、いま、さがす」(1968年4月)を催している。アニメーションについては、60年よりアニメーションを取り上げ、「三人のアニメーション」(1960年11月、12月)を継続して催し、64年以降は「アニメーション・フェスティバル」(1964年9月、65年10月、66年10月)を開催している。映画については、その始まりから上映会(シネマテーク)を継続させており、早い段階から劇映画、実験映画、ドキュメンタリーなど、さまざまな映画の紹介を行なっていた。そして「世界前衛映画祭 映画芸術の先駆者たち」(1966年2月)を大々的に開催し、数多くのアヴァンギャルド映画を上映する。66年から67年にかけては、「アンダーグラウンド・シネマ 日本―アメリカ」(1966年6月)、「アンダーグラウンド・フィルム・フェスティバル」(1967年3月)を開催し、アンダーグラウンド映画を紹介する役割を果たす。それは公募による「第1回草月実験映画祭」(1967年11月)、「フィルム・アート・フェスティバル1968東京」(1968年10月)の開催に繋がっていった。しかし、翌年の「フィルム・アート・フェスティバル1969東京」(1969年10月)では開催当日に造反グループの乱入事件が起き、フェスティバル自体が中止となってしまう。この事件により日本の実験映画の運動は打撃を受けた。71年4月にセンターは解散した。

著者: 阪本裕文

参考文献

  • 『輝け60年代 草月アートセンターの全記録』, 草月アートセンターの記録刊行委員会, フィルムアート社, 2002
  • 「草月とその時代 1945-1970」展カタログ, 草月とその時代展実行委員会, 1998

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