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スタッフエントランスから入るミュージアム(7)野外彫刻のガーディアン──変化する環境から作品を守る

有田司(彫刻の森美術館 作品管理部 マネージャー)/坂口千秋(アートライター)

2022年12月01日号

紅葉を背景に駅前の広場や公共施設の前などの野外彫刻が映える季節。しかし、屋外に作品を展示するということは、春は成長する樹木と鳥のフン、夏は高温多湿と台風や虫の巣、秋は落葉、冬は雪と低温、そして年間をとおしての排気ガスや火山灰など、作品の保存という点でトラブルが多すぎる。美術館という箱のなかの作品とは違った独特のメンテナンスが必要なはずだ。知られざる「アートの仕事人」に出会うこのシリーズ、今回は彫刻の森美術館で野外彫刻の保守・修復をされている有田司さんを取材した。(artscape編集部)

彫刻の森美術館 作品管理部 マネージャー 有田司さん




[イラスト:ハギーK]


──彫刻の森美術館は箱根の山間に広がる敷地に彫刻が点在する雄大さが特徴ですね。有田さんのここでのお仕事について教えて下さい。

有田司(以下、有田)──作品管理部というところで、彫刻の森美術館と姉妹館の美ヶ原高原美術館、 東京事務所(環境芸術部門:貸出業務)の3カ所の作品の維持管理をしています。彫刻の森に120点、美ヶ原に300点、東京ほか各地に貸し出し作品28点が展示されていますが、それらを6人で担当しています。

美術館には見せる役割と後世に残す役割があり、私はその後者を請け負っております。良いコンディションを維持し鑑賞していただけるよう心掛けております。

──野外彫刻のメンテナンスはどのような作業をするのですか?

有田──まず、朝巡回をして異常がないか確認します。ケアと見栄えの意味合いから夜間に雨が降ったら水滴を拭き取り、蜘蛛の巣や鳥のフンがあったら取り除きます。

主な作業は、作品の洗浄と保護膜を塗布する業務となります。洗浄は基本作業で、手洗い、高圧、スチームと素材に合わせます。また自然に配慮して作業を行なっています。保護膜は主にブロンズ作品の保護膜を指しますが、当館オリジナルワックスを塗布しております。体験できる彫刻作品(プレイスカルプチャー)では、安全対策(吊り紐のテンション確認)など屋外全般の作品ケアとなります。

──四季を通して毎朝毎夕のケアが欠かせないお仕事なんですね。

有田──はい、毎日見ているから、どこが悪いかわかるんですね。季節や天候、素材に応じてメンテナンスの方法も違いますし、1点ずつケアしていくので時間がかかります。



屋外展示場マップ https://www.hakone-oam.or.jp/permanent/?id=6[提供:彫刻の森美術館]




フランシスコ・スニガ《海辺の人々》(1984)[撮影:artscape編集部]


──まちなかにもパブリックアートの彫刻がありますが、あれはそんなにメンテしているようには見えないですね。

有田──難しい問題です。スタッフが常駐していませんし、それだけの対応はできません。環境芸術部門では、パブリックに多くの作品を貸し出してきました。現在、ふかや花園プレミアム・アウトレット丸の内ストリートギャラリーへ作品貸出をしています。貸出作品は年間で定期的にメンテナンスしているおかげで状態が維持され、緊張感が保たれています。街の人たちの意識の高さもあって、いたずらされたことはありません。

──手を尽くして屋外彫刻を守ることで作品の状態が保たれるんですね。

有田──手をかける事は大切です。ところが、さわればさわるほど作品は削れていくので、手をかけないに越したことはない面も実はあるのです。毎日見て変化を感じ取って、必要最小限の適切な措置を行なうことが大切です。

作品が環境を物語る

──有田さんがこのお仕事に就かれたきっかけは?

有田──美術、特に立体が好きだったことです。大学の学部でデザイン工芸を学び、大学院で木工芸を始め、作家活動をしていました。最初はアルバイトでこの仕事に就き、もう20年くらいここで同じ仕事をしています。大学で得たさまざまな素材に関する基礎知識が今に役立っています。大学の先生方に、素材に対して真摯に向き合う姿勢や考え方を教わり、彫刻の森に入ってからは、守り手としての心得を先輩方に教わりました。

──仕事のやり方は先輩から代々伝えられるのでしょうか。

有田──1969年の開館当時は、メンテナンスという観点がなかったと聞いております。当初はコレクション数もいまほど多くはなく、倉庫も持たず、野外美術館としてすべて展示しておりました。10年程が経過したあたりから本格的な作品ケアが始まったと聞いております。以前はイギリスのヘンリー・ムーア財団にも研修に行って直接指導を受けていたそうです。そこで得た技術は代々引き継がれ、私にもその業を伝えていただきました。入社当時と今とでは環境がすごく変化しているので、先輩方から教わったやり方はその都度自分で調整しながら、少しずつ新たな技法を見出しています。

──ノウハウやメソッドが決まってるものではないのですね。

有田──ブロンズ像に関しては、これまでの蜜蝋という動物性ワックスから新しい化学性ワックスに切り替えているところです。35年ほど前に、箱根の環境を考えてイタリア国立中央修復研究所の先生から薦められたレシピをもとにつくり、テストピースで試して効果を実証しました。

──ワックスをご自分で開発されているんですね。

有田──本来ブロンズには黒系や茶、緑青といったいろいろな風合いがありますが、蜜蝋ワックスを使用した場合、次第に濃茶色に色が均一化されてしまうんです。また1週間から10日くらいしかもたないので、ワックスがけにかかる時間も問題でした。新しいワックスは作品の風合いを残せるので、作家が意図した色が伝えられるようになり、さらに3年半効果が持続するので時短が可能になりました。

──さきほど昔と今とでは環境が変わってきたとおっしゃいましたが、具体的にどう変わったのですか?

有田──以前は時間がもっとゆっくり流れていて、メンテナンスの頻度もゆるやかでした。2015年の箱根大涌谷の噴火以降、硫黄の影響が出てきました。硫黄分によって金属が錆びるのです。温暖化や異常気象による環境の影響をもろに受けるのが野外彫刻であり、作品が環境を物語っていると感じます。環境は抑えきれないので、対策を考えていくしかありません。



ブロンズ彫刻の表面を拭く[撮影:ハギーK]




彫刻のこまかい溝に入った付着物を竹ベラでこそぎ落とす[撮影:ハギーK]




ワックスをかけるのに、この作品で1時間を要する。大きな作品だと半日かかることも。作品だけでなく、台座部分も来場者が腰をかけるなどして変色や損傷していくこともある[撮影:artscape編集部]


修復と教育普及をつないでバックヤードを開く

──傷ついた作品の修復はどこで行なうのですか?

有田──バックヤードに集めて修復します。ここには塗装が剥げた、金属が錆びたなどの作品が集められてきます。傷ついてる子どもに赤チンを塗って絆創膏を貼るような感じですね。

素材ごとに対処方法は違います。一例ですが、リペイントでは作家指定の色番号があればその色番号を調合し、色番号がない場合、塗膜を薄くはがして一番下の色を探したり、下地処理方法なども調べます。

修復もこのバックヤードで行ないます。私が行なう場合と専門家に依頼する場合があります。修復に関しては、作品の状態を把握したうえで最善の技術で取り組むことを心掛けます。そのため、常に情報交換が大切です。実際実施する場合は、設備面、技術面が伴わないときは専門機関での大手術をお願いします。同時に、過去の修復歴や物故作家の場合は作意をも読み解くようにしております。作品資料がない場合は、アーティストご本人に聞き、そうでなければアシスタントに聞いたりし、ほかの作品事例もリサーチして参考にします。もちろん専門家に相談することもあります。ただ大学や専門機関でされている研究と現場の作業では、意見や立場が異なる場合もありますので、情報交換を行ない互いに研鑽することが望ましく、今後も行なっていきたいと思います。作品を保存する責任があるので、修復に至っては段取りにものすごく時間をかけます。また、新しい技術を導入する際は必ず実証が必要です。時間が経過して初めて正解不正解がわかるものもあるので、いま取り組まなければ間に合わない時間的な課題があります。

──修復は到達点が曖昧ですね。やりすぎると作品をかえって傷つけてしまうかもしれませんし、予算の問題もあります。どこまで修復するのかという判断はどのようにするのでしょうか?

有田──なるべく所蔵したときの形と状態をキープしたいのですが、開館当時の作品の資料が少ないので大変です。また当時の技術を現在の技術で更新すると、時代背景が消えてしまうという問題もあります。さらに風化していくことを良しとする作家の方もいるので、そういう場合は見守る。総合的な判断が必要ですね。

ようやく最近、彫刻の森、美ヶ原、東京の3カ所間共通で修復レポートを残しはじめたところです。ガラスコートやナノコートといった10年20年経っていないメディウムは経過観察中の注意事項も記載して、病院のように写真をとってカルテ化していくことで、後世に作品情報を残そうとしています。

──作家活動をされていた有田さんだからこそわかることもあるでしょうね。

有田──作家が存命している場合、修復が色や形の再現ではなく、その作品のコンセプトにまつわる部分で優先されることがあります。そういった点は、職人さんよりも作家としての制作経験があったほうが理解しやすいかもしれません。つくる側も守る側も必死です。ずっと美術の世界で生きてこれたので、まったく違う仕事ではなくてよかったと感じています。美術館に入った初日から同じことを続けてきて、まだまだ修行中という感じです。



バックヤードにある修復中の作品 [撮影:artscape編集部]


メンテナンスからプリザベーションへ

──機械や建築でも経年につれてオーバーホールや耐震強化工事のようなことを行ないますが、野外彫刻の場合はどうでしょうか。

有田──そこがいま大きな課題となっています。いままでで行なってきたのは表面を維持するケアでしたが、構造部分の劣化は日々のメンテではわかりません。開館時から展示されている作品もあるので、内部的なケアをする時期にきています。

──その場合はどうやって直すのですか?

有田──結構な大手術になりますね。本音は、すべての作品をX線CTスキャン装置で輪切りにして、劣化部分を突き止めたいです。傷んだところがわかれば、直す方法を導くことができます。また3Dスキャナーでデータ化することも視野にいれております。いずれにしても事前調査を行なう段階です。そういった意味では、少しの変化に気づくことができる巡回が重要になります。



このような作品は、なかの構造体がどういう状態になっているか調査が必要 伊本淳《断絶》(1969)[撮影:artscape編集部]


有田──プリザベーションという言葉があります。元の状態を維持し延命をはかるため、修復予防を包含して組織的、計画的に取り組んでいく管理体制を目指します。彫刻の森もメンテナンスからプリザベーションへの移行期にあります。メンテナンスの赤ランプが付いて本格的な修復が必要になる前に、定期的に手を入れて予防しようとしています。バックヤードをつくったのもそのためです。

──屋外にある彫刻作品の永続性や不変性についても考えることが多い課題だと感じました。先ほどの環境の影響も今後大きくなる可能性がありますが、そうしたことへの理解は美術館のなかでは高まっていますか?

有田──はい、同じ美術館のスタッフとして共通認識はあります。部は違っても毎日朝巡回してお客さんの声を拾うこともしています。

また美術館の新しい楽しみ方として、バックヤードツアーを計画中です。これまで修復は見られてはいけないもので、作業中は囲って人目につかないようにしていました。でも、手をかけているから維持できているのであって、いままで見せていなかったところを逆に見せていくことで、作品を維持することの大切さを知っていただく。そうすることで作品との接し方も変わるでしょうし、環境の影響について伝えることもできます。修復を教育普及にも活かして、セクションを越えた複合的な取り組みに乗り出しています。

──みんなで作品を守っていく。館全体で取り組むことで事業のスケールも広がりますね。

有田──そうですね。現在、美ヶ原にある柴田美千里さんの《しまうま》10点のうち5点を修復しています。美ヶ原は紫外線が非常に強く、紫外線に弱い樹脂の塗膜の剥がれが生じておりました。樹脂成形とベースの塗装を業者さんに依頼、最後の黒い線は作家に公開制作を依頼して、来場者と作家のコミュニケーションが生まれるようにしました。



バックヤードにある修復中の作品 柴田美千里《しまうま》(1988)[撮影:坂口千秋]


──近年、美術館では一般の方が参加できるさまざまなワークショップがひらかれてます。でも、実際の作品の修復にまつわるワークショップというのは珍しいですね。その作品がどんなふうにできているのかがよくわかると思います。ここで行なわれる保存修復の取り組みが、ほかの美術館にも波及していくといいですね。

有田──屋外彫刻をもつ美術館はみな同様の問題を抱えています。いつか当館の事例を発表して広く役立ててもらえたらとは思いますが、自分のところの作品がきちんとしていなければ説得力がないので、まずはあるべき姿に整えることをやっていきます。長年野外彫刻を扱っているからこその蓄積が、他館との連携を生み、信頼にもつながり、屋外彫刻の維持に貢献できるのではと思います。

──仕事への関心が高まったら、将来自分もなりたいという人も増えるかもしれませんね。こうした職業にはどんな人が向いていると思われますか。

有田──学芸員の資格は日本では重要ですね。コンサベーターという資格は日本にないので。キュレーター、コンサベーター、レジストラー、アートハンドラー、いろいろな職種が美術館にはありますが、学芸員資格をもった人があたるのが現状です。資格はあったほうがいいと思います。あとは美術が好きであること、探究心のある人、考えたら手を動かしてみることのできる人だといいですね。そして作品への愛情は重要だと思います。



芝生のメンテナンス中 開館時間中にメンテナンスの作業を行なうことで、作品保全の様子を来館者に見せている
手前は李禹煥《関係項──A》(1979)、壁面にはジャン・デュビュッフェ《アルポレサンス》(1971)[撮影:artscape編集部]


(2022年10月26日取材)

彫刻の森美術館

神奈川県足柄下郡箱根町二ノ平1121


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