2018年08月01日号
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ダダ

Dada

ヨーロッパとアメリカの複数の都市で展開された、反美学的姿勢、既成の価値観の否定などを特色とする20世紀前半の芸術運動。運動は1916年、スイスのチューリヒに第一次大戦の戦禍を避けて集まった詩人トリスタン・ツァラ、作家リヒャルト・ヒュルゼンベック、フーゴー・バル、美術家ジャン(ハンス)・アルプ、ゾフィー・トイバー、マルセル・ヤンコ、ハンス・リヒターら、多様な国籍と経歴を持つ人物たちによって形成された。「ダダ」という語は、ツァラが『ラルース小辞典』で偶然見つけたものという説があり、ルーマニア語で二重の肯定を意味する。ツァラは「ダダ宣言1918」を発表し、「ダダは何も意味しない」という語の意味作用からの切断と出来事の不確実性、一切の主体性や表現活動の根拠のなさを表明した。よって、ダダは何らかの教条的な主義主張を備えた「イズム」ではありえず、一切の価値観の相対化をもたらすものであり、ダダ特有の意味性の解体、破壊や否定の精神は20世紀芸術の原動力となっていく。その芸術的実践の一例として、新聞記事を切り刻んででたらめに組み合わせたツァラの詩や、アルプの《偶然の法則にしたがってつくられたコラージュ》など、チューリヒ・ダダでは偶然性を活用した方法が生み出された。彼らはバルが設立した文芸カフェ「キャバレー・ヴォルテール」に集まり、音声詩の朗読や狂乱的な舞台活動を行なったが、チューリヒ・ダダは1918年に第一次大戦が終わると求心力を失い、ツァラはブルトンの招きに応じてパリに活動の場を移した。20年にパリでのダダ活動が創始されるが、ダダの影響力は雑誌などを通じてその他の場所にも伝搬していた。「クラブ・ダダ」を拠点としたハンナ・ヘッヒ、ジョージ・グロッスらのベルリン・ダダ、フランシス・ピカビア、マン・レイ、マルセル・デュシャンらニューヨーク在住作家たちによるダダ的活動(ニューヨーク・ダダ)、ハノーヴァーでの、クルト・シュヴィッタースによる雑誌『メルツ』の刊行や、空間的=建築的芸術《メルツバウ》の制作などである。それらの活動では、レディ・メイド、オブジェ、コラージュ、フォトモンタージュなどによる造形的実験が展開され、音声詩や視覚詩などの言語的・詩的実験も行なわれた。1920年代半ば以降はダダの姿勢や方法論の一端はパリのシュルレアリスム・グループへと継承され、ダダとシュルレアリスムは20世紀の前衛芸術の二大潮流を形成することになる。

著者: 沢山遼

参考文献

  • 『ダダイスム』 (ニューベーシック・アート・シリーズ), , ディートマー・エルガー(Yoko Suzuki訳), Taschen, 2006
  • 『反逆する美学 アヴァンギャルド芸術論』, , 塚原史, 論創社, 2008
  • 『ダダ・シュルレアリスムの時代』, , 塚原史, ちくま学芸文庫, 2003

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