「キュレーターズノート」の新しい執筆者として、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAのチーフキュレーター/プログラムディレクター、藤田瑞穂氏をお迎えする。@KCUAは、これまで大学附属のギャラリーでありながら、大学とは離れた街中に位置し、また「大学」という枠組みから離れた自由でチャレンジングな企画をされてきたように思う。2023年、大学の移転に伴い、大学の新キャンパス内に移転。以前のギャラリーは2フロアに分かれたホワイトキューブだったが、新しいギャラリー空間は天井が高く、大きなガラス面で通りに開かれ、かなり異なった印象を受ける。新しい場所と関係性のなかで、これからどのような企画をされていくのか、このコーナーでお伝えしてゆきたい。(artscape編集部)

京都市立芸術大学の移転と新しい展示空間

新キャンパスの@KCUA・芸術資料館エントランス(学長室壁画引越しプロジェクト「still moving final: うつしのまなざし」[2023]開催中の様子)[撮影:来田猛]

京都市立芸術大学が京都駅東部(崇仁地域)の新キャンパスに移転してから、もうすぐ1年が経つ。

わたしが勤務する京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(以下、@KCUA)は、2010年の開設からこの大学移転まで、二条城近くにある京都市教育委員会管轄の堀川御池ギャラリー内にある2つの展示室を間借りして学外で活動していた。ゆえに、@KCUAにとってこの移転は、ただ活動拠点の引越しであるだけでなく、大学の「外側」から「内側」に入るという、2つの大きな変化をもたらすものだった。

移転計画の正式発表のすぐ後、2014年の4月に@KCUAに着任したということもあり、この10年あまりのわたしの活動には、大学移転に向けて、そして移転後、美術館ではなく大学の一組織としての@KCUAはどうあるべきかという課題がつきまとっていたし、それはいまもなお継続中である。2015年に公開された大学の「移転基本コンセプト★1には、「芸術であること」「大学であること」「地域にあること」の3つを大学の果たすべき役割とし、新キャンパス全体を、外に向かって開かれ、ある基準面から浮き隔たることで日常の視点を変え、新たな解放を生み出す「テラス(Terrace)」と位置づけるということが示されていた。このコンセプトは建築設計者の公募型プロポーザルにあたっての参考資料とされていたが、それほど一般の人々の目に触れることはなかったかもしれない。しかしわたしの頭にはこれが常に片隅にあって、思考と試行のための補助線となっていた。

2017年に実施されたプロポーザルにて乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体(以下、設計JV)の建築設計プランが採用となった★2。最終選考に残った6つのプランのうち、@KCUAとの連携を最も強調していたことが印象的で嬉しくもあり、わたしは彼らとの対話をとても楽しみにしていた。そして「設計JVのメンバーのみなさんが、@KCUAはこんな空間であってほしい、と考えたプランを提案してもらいたい」と伝えた。ただ新しい建物を建てて引越しするということではなく、彼らとの対話を通して紡がれる物語の産物としての空間を作りたいと思っていたからだ。そして、@KCUAはずっと大学の「外側」にいたので、たとえ「内側」に入っても、どこか「外側」のままの存在でありたい。そのうえで、いままでやってきたことがそのまま通用するのではなく、常に何かを試されるような空間であってほしいと話した。

建築に関する具体的な要望などは京都市と大学が定めた公式なヒアリングの場でのみ行ない、それを飛び越えて個別の直接交渉はしない、というルールが定められていた。このヒアリングの場とは別に、わたしは移転までの間、建築設計のプロセスには直接関わりのないかたちで、いくつかのプロジェクトで設計JVと対話をする機会を持っていた。彼らにわたしたちの活動に参加してもらったり、東京にあった合同事務所や設計JV参画組織のひとつである大西麻貴+百田有希/o+hのオフィスを訪ねたり、また京都で展開していた設計JV内リサーチ・機運醸成チームの会合に参加したりもした。前述のルールゆえに、@KCUAの展示空間そのものについては限られた回数しか具体的な話をできなかったけれど、この移転についての彼らの考えや積み重ねてきたリサーチについては、いろいろと聞くことができた。工事が始まってからは、建設現場を通りかかるたびに、ちらっとでも様子を見たくて、柵の向こう側をあちこちの隙間から眺めたものである。しかしそれでも、結局どんなキャンパスなのかは本当の意味ではわからなかった。彼らから聞いた話を、頭だけでなく身体感覚でも理解できるようになったのは、引越しをして、実際に新キャンパスに通うようになってからだ。そして、やはり建物は、人がいて初めて完成するものなのだということを実感した。

新キャンパスの@KCUA展示室[撮影:来田猛]

@KCUAの新しいスペースには北側と南側に窓面があり、建物を貫く通路のように貫通していて、南側の窓の手前には、歩道橋が設置されている。この部屋のなかだけを見ていてもピンと来ないのだが、建物の外に出て、@KCUAの入っているC棟と、隣接するA、B、D棟の4棟が、それぞれの3階にあるテラスと歩道橋とで建物同士がつながれているのを見ると、新しい@KCUAのなかの歩道橋と外の歩道橋とが非常によく似ているのに気づくだろう。そうすると、確かに@KCUAは「内なる外」として、部屋のなかから出て人々が集う、広場のような場所として作られたのだということがよくわかる。

乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体によるキャンパスツアーの様子[撮影:吉本和樹]

実際に展示室内で作業を進めているうち、南側の窓面が大学の内側と@KCUAとをつなぐ窓の役割を果たしていることを体感できた。移転後すぐに活動を始めた@KCUAの動向を、窓のなかを覗きながら注視する人たちの姿を目の当たりにしたからだ。窓一枚で隔てられているけれど、大学の内側から覗くことのできる場所。「内なる外」の要素は、さまざまに散りばめられていた。わたしはとても嬉しくなった。

そして、日々この歩道橋を持つ展示空間を眺めていると、これ自体が、移転基本コンセプトでも設計プランでも、非常に重要な役割を担う存在となっているこのキャンパス内を流れる高瀬川にも似ているようも思えてきた。そこで、「Floating and Flowing──新しい生態系を育む「対話」のために」(2024年4月20日〜6月9日)★3では、展示空間を高瀬川に見立てた会場構成を美術家・展示技術者の池田精堂に依頼し、設計JVのメンバーへの応答としようと考えた。そしてこの展覧会の関連イベントに彼らをゲストとして招き、トークイベントやキャンパスツアーなどを行なったりもした。

「Floating and Flowing──新しい生態系を育む「対話」のために」展示風景[撮影:来田猛]

また、この10月には、設計JVのメンバーと、新キャンパスでの活動のあり方を考えるワークショップを予定している。建築家の手をいったん離れた後も対話がずっと続いて、記憶として蓄積されていくというようなことは、通常あまりないかもしれない。しかしわたしは、この大学移転のことが、ずっと語り継がれていく物語になってほしいと思っている。

わたしたちは何をまとっているのか

この1年で、前述の展覧会のほか、移転整備プレ事業の最終イベントとして学長室壁画引越しプロジェクト「still moving final: うつしのまなざし★4、久門剛史「Dear Future Person, ★5、「聞く/聴く:探究のふるまい」の4つの展覧会を企画し、展覧会準備と運営に並行して「イヌ場」★6、「共生と分有のトポス──芸術と社会の交差領域におけるメディエーター育成事業」、共同研究「わたしたちのまとうもの:装い、音、環境をめぐる考察と実践」の3つのプロジェクトを進めてきた。終了した展覧会についてはすべて今年度中にアーカイブとしてまとめる予定のため筆を改めるとして、本稿では共同研究「わたしたちのまとうもの:装い、音、環境をめぐる考察と実践」と、その経過を展示している本稿執筆時に開催中の展覧会「聞く/聴く:探究のふるまい」(2024年8月24日〜10月14日)について取り上げたい。

「わたしたちのまとうもの:装い、音、環境をめぐる考察と実践」は、美術家・ファッションデザイナーの西尾美也と、音文化研究者・サウンドアーティストの柳沢英輔との共同研究である。装いとコミュニケーションのあり方を広義的に捉え、音や環境との関係性から考察する人類学と芸術の領域横断的な研究として、2022年に構想を立ててから少しずつ準備を進めてきた。今年の4月からは、京都市立芸術大学と西尾の所属先である東京藝術大学との2カ所で、学生の協力のもとリサーチを実施している。これまでに、「装い・音・環境」をテーマに、グループに分かれてハンディ・レコーダーを用いたフィールド・レコーディングの手法でのアクション・リサーチを行ない、それについてのディスカッションをするなどのワークショップを数回行なってきた。

共同研究「わたしたちのまとうもの:装い、音、環境をめぐる考察と実践」ワークショップの様子[撮影:吉本和樹]

このワークショップの回を重ねるたびに、参加した学生からさまざまなことに気づかされ、「わたしたちは何をまとっているのか」という問いに対する新たな発見を多く得ている。たとえば初回に行ったワークショップで、東京藝術大学ではほとんどのグループが、自分が身につけている衣服や装飾品などが立てる音をさまざまな場所と動作の組み合わせで録音したのに対し、京都市立芸術大学では、多くの学生が新キャンパスの建物と自分との関係性を示唆するような音を録音していたことなどの違いが生まれていた。美術学部・大学院美術研究科の学生が3階のテラスをつなぐ歩道橋を渡り、音楽学部・大学院音楽研究科の建物へ入ろうとするが、自分の持つカードキーではドアが開かず、もといた建物に戻る、という動作の繰り返しを表現したグループや、公道で分断された敷地をつなぐ長い渡り廊下を走って渡り、その足音などを録音することで3つのブロックに分断されたキャンパスでの学生のふるまいのあり方を表現したグループなど、新しい環境に対する違和感に着想を得たものが多くあった。いずれも、長く過ごしてきた馴染み深い旧キャンパスの建物を「脱ぎ」、新キャンパスの建物を「まとった」ものの、その着心地にはどうも馴染めていないということの表われと捉えることができるだろうか。

「聞く/聴く」を起点とする探究から生まれる芸術実践に注目し、そのあり方と可能性について考えるための展覧会「聞く/聴く:探究のふるまい」では、西尾・柳沢の作品に加え、同共同研究に関連した実験エリアを設けている。これは、「装い」という行為と、それに関連した動作から生まれる「音」に注目してみることを提案するもので、2大学で行なってきたワークショップを誰でもその場で体験することが可能なかたちにしたものである。

「聞く/聴く:探究のふるまい」実験エリア展示風景[撮影:吉本和樹]

参加者は、自身の「装い」のままで、あるいは西尾によるプロジェクト《Ensemble Clothes》の一環で制作された衣服や、高瀬川の水が入った浮き輪などをまとったりしながら、このエリアに設置された仕掛けのなかで、ハンディ・レコーダーや超音波を人間の可聴域に変換することのできるバットディテクター(コウモリ探知機)などの機材を用いて耳を傾け、さまざま音を聴く。また、自然の風によって音を鳴らす楽器、エオリアン・ハープを外に持ち出し、風をまとうこともできる。

共同研究「わたしたちのまとうもの:装い、音、環境をめぐる考察と実践」エオリアン・ハープを用いたワークショップの様子[撮影:吉本和樹]

前述のアクション・リサーチに加えて、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科ではグループに分かれて「装い・音・環境」をテーマとした小作品を制作する1週間の演習(柳沢、藤田はゲスト講師として参加)も行なっており、そのなかで非常に興味深かったいくつかの作品も紹介している(河合野乃、菅野湧己、雑賀七菜、白川深紅、中村美結、野村穂貴、渡辺美桜里)。さらに、京都市立芸術大学大学院美術研究科美術専攻構想設計修士課程在籍中の岡留優によるパフォーマンス「自分を装う」が会期中複数回にわたって実施される予定である。

「聞く/聴く:探究のふるまい」学生作品展示風景[撮影:吉本和樹]

岡留優パフォーマンス「自分を装う」(2024年9月8日)記録写真[筆者撮影]

また同展覧会では、アーティストの研究を支える新たな博士課程制度「Creator Doctus」を修めたオランダ拠点の作家、フェムケ・ヘレフラーフェンならびに2019年から継続的に@KCUAとの関わりを持つ香港拠点の作家、ジェン・ボーの作品も展示している。

フェムケ・ヘレフラーフェンの近作《The Murmur of the Dying》(2023)は、声、予測、AI、病気、コミュニティと死の間の複雑な関係をテーマとした映像作品である。ヘレフラーフェンは本作品のために「エレイン」という実験的な音声AIモデルを開発し、話すことができない、あるいは死を目前にして言語の意味と機能が崩壊した状態での声の録音データを学習させ、映像の音声に用いている。そして、言葉が機能しないなかで、どのような言語とコミュニティが成立しうるのかを問いかける。

フェムケ・ヘレフラーフェン《The Murmur of the Dying》「聞く/聴く:探究のふるまい」での展示風景[撮影:吉本和樹]

ジェン・ボー《The Political Life of the Plants》(2020–2023)は、生物多様性と土壌生態学を専門とするマティアス・リリグ(Matthias Rillig)、次に植物の適応を研究するルーザ・ライティネン(Roosa Laitinen)の2人の科学者と協働した映像作品のシリーズをまとめたものとなっている。ユネスコの世界遺産に認定されているドイツのブナ原生林、自然保護区グルムジンの森に身を置きながら、ジェンは二人との対話を通して、植物の行動に見られる適応や共生がいかに政治的なものであるかについて考察している。

ジェン・ボー《The Political Life of the Plants》「聞く/聴く:探究のふるまい」での展示風景[撮影:吉本和樹]

「わたしたちは何をまとっているのか」という問いは、前述の共同研究との直接的な関わりはないものの、この2作品にも当てはめることができる。さらに、@KCUAは大学の「内なる外」という存在として、これから何を「まとい」ながら活動するのか、ということにまでつなげることもできるかもしれない。大学という教育研究の場における芸術実践について考え続けるというひとつの姿勢は、この展覧会に、また共同研究にもあらわれている。

最後に一言。新しい@KCUAはJR京都駅から徒歩数分の場所にあり、関西圏のみならず遠方からのアクセスも格段に良くなった。加えて、新キャンパスは門がなく、まちにつながっていて、誰でも敷地内に気軽に入れるように開かれているので、ぜひ建築の見学もあわせて、多くの方にご来場いただけたらと願っている。

★1──京都市立芸術大学「移転記念コンセプト」(2015年8月)https://www.kcua.ac.jp/wp-content/uploads/be5304db1b78e373efd94006aa731f4f.pdf (最終閲覧日:2024年9月8日)
★2──京都市情報館「京都市立芸術大学及び京都市立銅駝美術工芸高等学校移転整備工事設計業務委託に係る公募型プロポーザルについて」(2017年9月11日) https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000218852.html(最終閲覧日:2024年9月8日)
設計コンセプトについては「公開特別講義《Public Terrace》『メンバーが語る、京芸銅駝移転プロジェクト』京芸JV,リサーチ・機運醸成チーム(移転整備工事設計者等)」がYouTubeで公開されている。https://youtu.be/TvlN5UQxwyM?si=dIw7r5fTApPgAwis
★3──「Floating and Flowing──新しい生態系を育む「対話」のために」(2024年4月20日-6月9日) 変わりゆくまちを見つめ、それぞれの方法でアプローチしてきたアーティストたちの活動、@KCUAの取り組み、それらと京都市立芸術大学の教育と表現の歩みとを重ね合わせて、大学と地域、芸術と社会がつながって育まれる、生態系の未来を考えるための場とした展覧会。展示作家・団体は佐々木萌水、崇仁すくすくセンター(挿し木プロジェクト|代表:山本麻紀子)、高瀬川モニタリング部、前田耕平、森夕香、京都市立芸術大学日本画専攻ゼミ1(川嶋渉、翟建群、正垣雅子)、京芸高瀬川保勝会。京都市立芸術大学及び京都市立美術工芸高校移転整備工事乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同企業体によるプロポーザル資料も紹介。
★4──学長室壁画引越しプロジェクト「still moving final: うつしのまなざし」(第1期:2023 2023年8月19日〜2023年9月18日/第2期:2023年10月3日〜2023年11月12日) 2015年度後期に当時の大学関係者の協力のもと、美術家の川田知志によって制作された沓掛キャンパス学長室の壁画(フレスコ画)を新キャンパスへと「引越し」させ、大学の有する芸術資源の保存・活用のあり方について考察するプロジェクト。2023年9月25日は旧@KCUAから新キャンパスまで人力での「引越し」を実施した。
★5──久門剛史「Dear Future Person, 」(2023年12月16日–2024年2月18日)移転後初の展覧会。大学、そしてこの場所で学ぶ人々を背景とした、新しい@KCUAの展示空間におけるサイト・スペシフィックなインスタレーションを展開。新しいギャラリーの空間を効率化された現代世界の縮図と捉えた久門によるステートメントも話題となった。
★6──「新しい生態系を育むために──『イヌ場』からの展望」(表象文化論学会ニューズレター「Repre」Vol. 51)https://www.repre.org/repre/vol51/special/51-1/(最終閲覧日:2024年9月8日)

聞く/聴く:探究のふるまい
会期:2024年8月24日(土)〜10月14日(月)
会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(京都府京都市下京区下之町57-1)
公式サイト:https://gallery.kcua.ac.jp/archives/2024/11235/

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