artscapeレビュー

崇仁地区をめぐる展示(前編)「タイルとホコラとツーリズム」Season8 七条河原じゃり風流

2021年05月15日号

会期:2021/03/20~2021/05/05

京都市下京いきいき市民活動センター[京都府]

本稿では、京都市の崇仁地区の地域性や歴史に向き合った2つの取り組みを前編と後編に分けて紹介する。まずその前に、「なぜ近年、この地区でアートが展開されているのか」という背後の文脈について、この京都駅東部エリア(崇仁地区)と隣接する東南部エリア(東九条地区)をめぐる近年の動向を概説する。

両地域ともに、2023年度に予定されている京都市立芸術大学の移転に向けて、大きな変化のただなかにある。移転予定地である崇仁地域は、高齢化や建物の老朽化が進んでいたが、移転に向けて解体工事が進行中だ。同地域では、「芸大移転整備プレ事業」として、移転予定地にある元崇仁小学校の教室を利用したギャラリー(校舎の解体に伴い2020年に閉鎖)での展示やさまざまなアートプロジェクトが展開されている。崇仁地区の空き地を利用した展示の先駆例としては、PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015で、廃棄された資材を用いて仮設的な公園の祝祭的空間を出現させたヘフナー/ザックス《Suujin Park》がある。

隣接する東九条地区では、芸大移転を見据え、文化芸術や若者を基軸とした地域活性化をめざす「京都駅東南部エリア活性化方針」が2017年に京都市より打ち出された。今年3月には、契約候補事業者にチームラボが選定され、チームラボの作品を展示するミュージアム、アートギャラリーのテナント誘致、学生や地域住民が利用できるギャラリー、カフェなどを備えた複合施設の開業が計画されている。同地域には、2019年、民間の小劇場THEATRE E9 KYOTOがオープンしており、若手アーティストの共同スタジオが定期的にオープンスタジオを開くなど、崇仁とともに「文化芸術のまち」として今後さらに発展していくことが期待される。一方、両地域は、西日本最大の被差別部落であった歴史や在日コリアンが多く住む地域であることなど、複雑な負の歴史をともに持ち、ジェントリフィケーションにアートが加担することの功罪を考える必要がある。

また、京都市は、2017年度より東九条にて、文化芸術によって多文化共生社会をめざすモデル事業を東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)へ委託して実施。2017年度はダンサー・振付家の倉田翠が、2018年度は美術作家の山本麻紀子が、それぞれ地域の福祉施設や住民と協働して制作活動を行なった。2019-2020年度は対象地域を崇仁に移し、「京都市 文化芸術による共生社会実現に向けた基盤づくり事業 モデル事業」との名称で、主催であるHAPSの企画のもと、山本麻紀子と「タイルとホコラとツーリズム」の2組のアーティストが参加した。



[撮影:麥生田兵吾]


本稿の前編では、上述の2019-2020年度の京都市モデル事業の一環として行なわれたアートプロジェクト「『タイルとホコラとツーリズム』Season8 七条河原じゃり風流」を取り上げる。美術家の谷本研と中村裕太のユニットである「タイルとホコラとツーリズム」は、京都の街中に点在する「タイル貼りのホコラ」の路上観察学的なリサーチを起点に、民俗学、生活史、暮らしのなかの土着的な信仰、ツーリズムと消費といった観点から、分野横断的な制作を行なってきた。

本プロジェクトでは、明治42(1909)年、柳原尋常小学校(崇仁小学校の前身)が建設される際、地域住民が一体となって、鴨川の河原の土砂を運んで建設用地を整備した「砂持ち」に注目した。住民たちは揃いの衣装や仮装によって、土砂を運ぶ「労働」を「祝祭」に変えていたという。谷本と中村がもうひとつ着目したのは、芸大建設予定地や周辺の市営住宅の老朽化・建て替えに伴い、地域にあったお地蔵様のホコラが寺社などに移動されて路傍から姿を消したことである。そこで谷本と中村は、河原から運んだ砂利で、市営住宅の公園の砂場に「お地蔵様のモザイク画」を描き、忘れられたかつての風習を自らの肉体を駆使して再現・再演することで、「労働」と「信仰」の両面から地域の歴史に光を当てた。この試みは、京都~滋賀県の大津を繋ぐ白川街道を、道中のホコラや石仏に花を手向けながら歩き、商品の運搬という「労働」と「信仰」の結びつきを身体的に再体験して伝える過去の取り組み「season3 《白川道中膝栗毛》」などとも共通する。



[撮影:麥生田兵吾]




[撮影:表恒匡]


完成したモザイク画は、市営住宅の上階から撮影され、大きく引き伸ばした写真が地域内の市民センターの外壁に見守るように掲げられた。また、制作過程の記録写真を、「砂持ち」やお地蔵様にまつわる聞き取りとともに掲載する「かわら版」が制作され、発行毎に地域の全戸へ配布することで、プロジェクトの成果が地域へと還元された。この「かわら版」は、下記のウェブサイトでPDFが閲覧できる。

HAPSウェブサイトhttp://haps-kyoto.com/tht8_jarifuryu/

後編に続く)


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2021/04/22(木)(高嶋慈)

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