会期:2024/12/21~2024/12/22
会場:UrBANGUILD[京都府]
公式サイト:https://urbanguild.net/event/12-21-sat-22-sun-お寿司-『讃田彦尊』/

「良い子にしていたらサンタさんがプレゼントを持って来てくれるよ」という、親が「しつけ」を巧妙にすり替えて子どもに植え付けるサンタクロース信仰。だがそれが、季節のイベントではなく、宗教的な洗脳として親から日常的に教え込まれる家庭があったら? 『讃田彦尊』は、日本の家庭における「サンタクロース信仰」を起点に、宗教2世、子どもの貧困、そして「子どものケアに尽くす献身的で愛情深い母親」というジェンダー規範の「信仰化」を描き出す演劇作品である。「お寿司」主宰の南野詩恵が、俳優のキキ花香、廣川真菜美(maars inc.)、古野陽大と協働して創作した。

クリスマスツリーが飾られたリビングで、「母親」と娘の会話が始まると、観客はすぐに「異変」に気づくことになる。レースの襟飾りのブラウスと花柄のスカートに、さらに花柄のエプロンを着け、ウェービーなヘアスタイルで微笑みを絶やさず、過剰に女性性を装った「母親」を、ヒゲの生えた男優が演じているのだ。だが、娘は「母親」への違和感をまったく表明することなく、両者の会話が進行する。小学校のルームメイトの「だいきくん」がこのあと家に来ること。「だいきくん」が毎日同じ服を着ていないか、給食を食べる態度など、貧困家庭やネグレクトに遭っているかどうかを娘から聞きだそうとする「母親」。現われた「だいきくん」は、靴を乱暴に脱ぎ捨て、「いただきます」もお礼も言わずにお菓子やジュースを食べ散らかす、しつけやケアの行き届いていない子どもである。

だが、「母親」の非難は、「サンタさんは本当は両親だ」という発言を、「だいきくん」が学校で娘に言ったことに向けられる。「母親」によれば、サンタさん自体が誤りで、本当は「サヌタさま( 讃田彦尊 さぬたひこのみこと )」という日本の神様のひとりであり、お参りに行かなければいけないという。そして、娘と「だいきくん」に向けて、日本の子どもを厳しい冬から守る守護神である「サヌタさま」の神話が語られる。昔々、口減らしにあった貧しい村に、鈴の音とともに鹿に乗った輝く大きな人型が現われ、常緑樹の枝を振ると、赤い球が雪の上にこぼれ落ち、子どもが拾うと肉の塊になって、冬を越すことができた。だが、あまりにまぶしくて、その顔を見ることはできなかったという。いぶかしがる「だいきくん」に対し、「母親」に促された娘は、別のお話(教義)を、明らかに意味を理解していないまま、つっかえつっかえ暗誦してみせる。

「母親」は、食事の後、「サヌタさま」にお願いするプレゼントを娘に確認し、布団に入るまで献身的に見守り続ける。「良い子にしてたらサヌタさまが見ていてくださるよ」と。そしてクリスマスイブの夜、「サヌタさま」に扮装した人物が娘の枕元に降臨する。「絶対に目を開けてはいけないよ!」と必死で声をかける「母親」。だが、布団の中に娘はおらず、サヌタ信仰とは、「良い子を育てるために献身的に尽くす良い親にならねば」という親自身がすがりつく信仰であったことが露呈する。(東京公演が予定されているため詳述は控えるが)同時に本作が突きつけるのは、その過剰な愛情の歪みが、「サヌタさま」も「サンタクロース」も「親のケアや愛情」も不在の貧困家庭で育つ子どもを「経済的に援助する」名目で利用するというグロテスクな事態だ。

「サヌタさま」の扮装は、日本神話と紅白のサンタクロースを掛け合わせたユニークなもので、衣裳作家でもある南野詩恵の持ち味が光る。そして、「扮装」は、ニセモノの「サヌタさま」と「母親」をつなぐキーワードでもある。ヒゲの生えた「母親」は、中盤でカツラを取り、「俺」という一人称のモノローグを語り始める。コネクタが外れるように、つがいの片割れと別れたこと。片割れとのつながりである娘を、誇りを持って育てていること。抽象的なモノローグだが、「俺の片割れは全身全霊でおつとめをしている」という台詞から、娘の産みの母親は新興宗教にのめり込み、別居状態であることが示唆される。夫・父親であった彼は、不在の母親の代わりに、「献身的で愛情にあふれた母親に自分がならなければ」という強い思いに駆り立てられ、文字通り「母親」を演じているのだ。それは、「子どものケアを担う良き家庭の保護者」は「母親」でなければならないという信仰でもある。興味深いのは、「お前のオカンってさ」と娘に話しかける「だいきくん」にとって、「女装した父親」ではなく、あくまで「母親」に見えている点だ。「母親の役」を演劇内ルールとして男優が演じているのか、あるいは「母親になりきった父」という役が二重に演じられているのか。演劇のルールを逆手に取って利用することで、ジェンダーとロールプレイの自明性が揺らぎながら観客に問いかけられる。

そして、この「母親」自身、ジェンダー規範に忠実であることを示すのが、小道具の「色」だ。おもてなしのジュースを注ぐコップの色は、自分と娘はピンク、「だいきくん」はブルーと、「色」によってジェンダー区分が厳格に分けられる。また、娘が「サヌタさま」にお願いするプレゼントも、ピンクとミントグリーンの2色が用意されているが、娘が選ぶのは、「母親」の期待に反して「ミントグリーン」の方だ。宗教2世という家庭環境は選べないが、ジェンダー規範に従うかどうかは自分自身で決めることができる。ささやかな細部だが、本作に込められたメッセージが宿っている。

関連レビュー

お寿司『土どどどど着・陸』|高嶋慈:artscapeレビュー(2021年01月15日号)

鑑賞日:2024/12/22(日)