八戸在住の表現者たちとつくる「プロジェクト」

私たちの八戸市美術館では、5月の大型連休最終日に、「エンジョイ!パフォーマンスピクニック」というプロジェクトを実施し、親子連れを中心に、当館でのんびりとアートに出会う楽しげな光景が繰り広げられた。これは、現在、青森県内の5つの美術館・アートセンター(青森県立美術館、青森公立大学国際芸術センター青森、弘前れんが倉庫美術館、十和田市現代美術館と八戸市美術館)が連携して行なっている、AOMORI GOKAN アートフェス2024「つらなりのはらっぱ」(以下、GOKANフェス)の関連イベントとして実施したもので、まさに「つらなりのはらっぱ」というテーマに呼応して、パフォーマンスプロジェクトの「居間 theater」の演出・構成のもと、美術館内に「ピクニック」という振る舞いをつくり出し、ピクニックをしていると、さまざまなアートに出会うことができるものだった。会場となった当館のジャイアントルームは、展示室と同等の広さをもち、飲食も許可していて、日頃からさまざまな「活動」に対応する場である。このように「プロジェクト」が実施され、さまざまな「こと」が同時多発で生じていると、より八戸市美術館らしさが現われる。

エンジョイ!パフォーマンスピクニックの様子(2024年5月6日)

パフォーマンスを届けるしばやまいぬ(エンジョイ!パフォーマンスピクニックより)

パフォーマンスを届ける蜂屋雄士(エンジョイ!パフォーマンスピクニックより)

このGOKANフェス、ほかの4館では当然ながらメイン企画として「展覧会」が位置づけられているが、当館だけは「プロジェクト」を展開している。その名も「エンジョイ!アートファーム!!」。アートファームは、当館のコンセプトワードで、「出会い」と「学び」によって、さまざまな創造性や活動が育っていく農場(ファーム)のような美術館を目指すことを表わす造語である。このプロジェクトへの参加アーティストが全員八戸在住の5人の表現者たちである点も、他館と特色を違えている。

画家の漆畑幸男は毎日のように美術館に滞在し、自身の絵に囲まれたスペースで、来場者と共に大きな絵を描くプロジェクトをスタートさせた。「ちょっとそこのあなた、ここの部分を描いてみない?」と南部弁で声をかけ、絵の創作に巻き込んでいく。ダンサー・振付家の磯島未来は、参加者と会話をし、最近の出来事やこれまでの人生の重大トピックスを聞き取ったうえで、その後、40、50分でその言葉をモチーフに振り付けを考案。完成したダンスは、話をしてくれた参加者と、そのときに立ち会った来場者に披露されるが、振り付けを生み出すために体を動かしながら苦悩するアーティストの姿も、オープンにしている。東南アジアでの長期滞在経験をもつ東方悠平は、会場の一角にバナナをモチーフとしたインスタレーションを出現させたが、これらは、現代の「自由」を考えるための一端となっており、5月12日には、「バナナ・ワールドカフェ」と題して「自由」を語るトークを行なった。6月には、八戸に滞在する技能実習生も交えた回も開催予定である。

漆畑幸男「幸福の絵描き」(エンジョイ!アートファーム!!より)

磯島未来「あなたからダンスを紡ぐ」(エンジョイ!アートファーム!!より)

一人ひとり異なる時間軸のなかで

これから本格化するプロジェクトは二つ。ひとつは、蜂屋雄士の写真のプロジェクトで、蜂屋が家族写真を撮影するワークショップを中心とした「はちや写真館 家族と写真のプロジェクト」である。ワークショップでは、家族が撮った自分たち家族の写真も持参してもらうこととしており、最終的には、それらの写真と並べた展示を8月に行なう。もうひとつは、木版画アーティストのしばやまいぬによるプロジェクトで、このジャイアントルームに彼の世界観を体現する立方体の森をつくり、新種の虫を出現させ、来場者に虫取りを楽しんでもらう構想のものである。

「プロジェクト」であるので、それぞれ5人の時間軸も多様で、早速来場者を巻き込むプロジェクトがスタートしたアーティストもあれば、まずはトライアル実施を終えてこれから本格化させるアーティストもいる。常時、すべてのプロジェクトについて成果となる「もの」を来場者にご覧いただけるわけではないのは申し訳ないところではあるが、プロジェクトという「こと」をメイン企画に据えた以上、見せ場が生じているときと見せ場がないときがあるのは、腹を括ったところでもある。当館が、作品という「もの」だけでなく、人の活動や時間軸を含む「こと」との両軸で企画展開を試みる美術館であるという特徴を提示することで、より、青森県内の5館の差異(建築的特徴、企画的特徴)もご覧いただけるのではないかと思っている。なお、八戸にお越しの際は、徒歩5分圏内にある公立文化施設「八戸ポータルミュージアム はっち」と「八戸ブックセンター」、さらには、私立美術館の「八戸クリニック街かどミュージアム」などとも周遊していただくと、八戸市の文化政策的特徴も掴んでいただけるものと思う。

東方悠平「バナナ・ワールドカフェ」(2024年5月12日、エンジョイ!アートファーム!!より)

絵画、雑誌、音楽……地方作家の生き方から文化史を読み解く

一方で、展示室であるコレクションラボとホワイトキューブでは、もちろん常時、展覧会が開催中であり、いまはコレクションを紹介する二つの企画が開催中である。

ひとつは、筆者が企画担当した「コレクションラボ007 大久保景造と八戸文化」。大久保景造(1936–2006)は、八戸で生まれ、八戸で活動を続けた画家・詩人なので、全国的にはあまり知られていないが、20世紀後半の八戸の文化を語るうえでは欠くことのできない文化人である。

と言いながら、そういう作家であるという認識に筆者が至ったのは、展覧会のための調査を経てのことである。そもそも、大久保を取り上げようと考えたきっかけは、2021年の八戸市美術館開館記念「ギフト、ギフト、」に作品展示作家として参加した、当美術館の設計チーム(西澤徹夫、浅子佳英、森純平/制作アシスタント:小泉立、宮武壮一郎)からの情報であった。彼らがその展覧会のテーマである地元の祭り「八戸三社大祭」を調べるなかで、「八戸のタウン雑誌『アミューズ』(2023年に624号で終刊)に、当館の所蔵作家である大久保景造の挿絵が載っている」と教えてくれたのだ。そのときに、筆者は大久保が挿絵の仕事をしていたことを知ったのだが、さらに、その雑誌を発行する編集社へ当時の雑誌を借用するために行ったところ、挿絵どころではなく、創刊から9号分の表紙の絵を描き、初代編集長としても名前が残されていることを見つけた。

関連プログラム「ほろ酔い鑑賞 ほろハチ」で、雑誌『週刊あみゅーず八戸』を紹介する筆者(2024年5月10日)

またあるとき、私の音楽仲間(と、自分の趣味の話を持ち込んで恐縮だが、ジャズピアノをかじっている)からも、大久保の名前を聞くことがあった。八戸のジャズ界では、かつて松橋弘人というレジェンドサックスプレイヤーがおり、いまでも彼の残したアレンジ楽譜を演奏する機会が多いのだが、その松橋がよく出入りしていたのが、大久保の店、ジャズ喫茶・バー「車門」だったのだ。

絵画と雑誌と音楽。どうやら、八戸市美術館で所蔵する大久保景造という「画家」は、「画家」だけではないらしい。筆者自身、出自は音楽で、文化政策やアートプロジェクト、コンテンポラリーダンス……と、あちこちのジャンルを渡ってきたのちに美術館に勤務するという、やや変わり種の学芸員なので、ジャンルを横断して創作活動を行なってきた大久保には個人的な興味も湧いた。さらには、そんな大久保を追うことで、彼が生きた時代の八戸の文化史を概観できるのではないかとも期待した。

手始めに図書館で検索したところ、詩集だけでなく、地元のタウン誌や文芸誌に掲載されたルポ記事やエッセイが見つかり、地元出版社や新聞社、テレビ局の協力もあって、さまざまな資料や記録を追うことが叶った。そこで、展覧会は、これら地元で発行された雑誌や新聞、テレビなどのメディアによって大久保景造という人物を縦に深掘りし、同時に、彼が関わった八戸の文化を横に広げながら紹介する構造とした。ご家族が保管されていた作品や資料、大久保を知る人たちからのオーラルヒストリーによる後ろ盾もあって、これらの調査により、大久保景造像は日に日に鮮やかになっていった。


《鳥 No.1》(制作年不明/左上)、《茅葺と》(制作年不明/右上)、《木瓜と》(1992/左下)、《朳之図》(制作年不明、小野画廊所蔵/右下)。画風が異なるが、すべて大久保景造の絵。

大久保は、画業のほかに、仲間と同人誌を発行して詩人としても活動し、その言葉を繰り出す能力を頼りにされて合唱曲の作詞や市民創作オペラの脚本に携わり、ジャズや音楽に精通していたことから舞台芸術公演の音楽構成に関わり、また民俗芸能であるえんぶりや墓獅子をこよなく愛して創作のモチーフにした結果、テレビのドキュメンタリー番組の脚本を手がけたり地元ホテルの緞帳の原画も引き受けていた。そのマルチジャンルぶりには驚かされたが、同じように、さまざまな分野を横断して創作をした仲間が八戸にはいたので、当時としてはそんなに珍しいことではなかったのであろうし、こうした地方作家の生き方は、全国的にも普遍性を持ちうるものなのかもしれない。

そして、その作家の創造と、当時のまちの状況や市民の創造活動とが織り成してきたものこそが、地域の文化史であり、地方美術館が地域の作家を研究して解き明かすことの意義であると筆者は思う。それは、「日本美術史」のレイヤーに載らないし、アマチュアリズムとも境界を共有する事象だが、地方とはそういうものであり、そこに優劣はないし、もっとも面白さが凝縮しているところでもある。

きっと、絵描きだけ、物書きだけと、何かに特化して創作を続けられるのは、いまも昔も都会だけの特異性なのかもしれない。見る方とて、現代アートが好きだと思っても、地方にいてはそれが見られる場所や機会は限られるわけで、浮世絵も団体展も演劇も芸能も見ることで、「表現されたものが見たい」という抽象化した欲を満たすのである。地方は、音楽も演劇も芸能も祭りも、あるいは「イタコ」や「墓獅子」のように、あの世のこともこの世のことも、ここで生きる自分と地続きで不可分なのが豊かで面白い。

コレクションラボ007「大久保景造と八戸文化」の様子

所蔵作品の深層へと誘うしかけ

さて、もうひとつ、ホワイトキューブの展覧会「展示室の冒険」も紹介したい。当館の所蔵作品(2021年に再開館してから初めて展示するものを集めた)を、まるでロールプレイングゲーム(RPG)かテーマパークのアトラクションのごとく、「管理人からの招待状」や「言葉」に導かれながら鑑賞するものである。例えば、「森のダンジョン」と題した章では、作品が展示される独立した壁が文字のごとく「林立」している。例えば、可愛らしい山羊が描かれた作品の足元シートを見ると、「愛らしい姿でございますね。他にも、異なる表現の生き物をご覧いただけますよ。ちまっとした表現? テカっとした表現?」と、独特の口調で鑑賞者に選択肢を提示し、次なる順路へと誘う。もちろん作品や作家への理解を深められるよう、独立した壁の裏側には解説もしっかりと添えてある。作品を見たり、裏に回って解説を読んだり、足元の誘導を読んだりして、展示室をあっちこっち、ぐるぐると行き来することになるのだが、偶然、ほかの来場者と同じ作品で立ち止まることもあり、それもまたアトラクション的である。担当学芸員の個性も存分に発揮された展覧会となっている。

「展示室の冒険」会場風景


「展示室の冒険」会場風景

また、今回、展示にあたっては、展示照明のスペシャリスト(灯工舎)から手ほどきを受けた。壁を均一に明るくする照明の当て方、フィルターを使って意中の作品をもっとも良く照らす方法など、今後の展示にも生きるノウハウを得て、私たち学芸員の「展示室のスキル」もアップしたところである。スペシャリストによる照明デザインにより、所蔵作品がいつも以上に輝いて見え、あらためて照明の重要性を再認識する機会ともなった。

「展示室の冒険」担当学芸員・篠原英里によるギャラリートークの様子

こうしてみると、いまの八戸市美術館は、全館が「大・八戸文化展」とも呼ぶべき状況と化している。美術館が所蔵する作品をユニークな方法で紹介するホワイトキューブの展覧会、ひとりの作家から八戸のカルチャーを概観するコレクションラボの展覧会、そしてジャイアントルームでは現在進行形のプロジェクト。さらには、当館は、県下でもっとも市民による貸館利用の多い美術館である(2023年度で111件)が、この期間もギャラリーでは、一般貸館の企画として写真展や書道展、水彩画展などが週替わりで開催されている。それも含めて「大・八戸文化展」である。

はらっぱでのピクニックのように、懐深くいて、誰でもがここで創造的活動や思考をエンジョイできる場としての美術館を目指し、いままでここで生きてきた人、いま生きる人、これから生きる人とが仲間となって、八戸の文化を耕していきたい。


AOMORI GOKAN アートフェス2024「つらなりのはらっぱ」
会期:2024年4月13日(土)〜9月1日(日)
会場:青森県立美術館、青森公立大学 国際芸術センター青森、弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館、十和田市現代美術館(※このほか県内各地での連携企画を予定)
公式サイト:https://aomori-artsfest.com/


エンジョイ!アートファーム!!
会期:2024年4月13日(土)〜9月1日(日)
会場:八戸市美術館 ジャイアントルーム(青森県八戸市大字番町10-4)
公式サイト:https://hachinohe-art-museum.jp/project/3467/


コレクションラボ007 大久保景造と八戸文化
会期:2024年3月23日(土)~7月8日(月)
会場:八戸市美術館 コレクションラボ(青森県八戸市大字番町10-4)
公式サイト:https://hachinohe-art-museum.jp/exhibition/3385/


展示室の冒険
会期:2024年4月20日(土)~6月24日(月)
会場:八戸市美術館 ホワイトキューブ(青森県八戸市大字番町10-4)
公式サイト:https://hachinohe-art-museum.jp/exhibition/3232/


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