会期:2024/12/23
会場:un[東京都]
公式サイト:https://www.instagram.com/themadshop.love/
20世紀から21世紀にかけてのファッションシーンにおいて巨大な存在感を残したマルタン・マルジェラは、自身が立ち上げた同名ブランドを2008年に退き、現在はアーティストとして活動している。その作品は彫刻からペインティング、インスタレーション、コラージュまで幅広い。本稿執筆時には、初期のマルタン マルジェラのアイテム270点以上を販売するオークション「Martin Margiela: The Early Years 1998-1994」が開催されるとともに、ジョン・ガリアーノが退いたメゾン・マルジェラの新クリエイティブディレクターにグレン・マーティンスが正式に就任することが発表された。過去と未来はいずれも市場の中に漂っている。そこは巨大で気まぐれなライブラリーだ。アーカイブという呼称がファッションに浸透し、ある種のビジネス領域をつくり出していることがそれを傍証している。
さて、「ONE MINUTE THEATER」は東京・青山のセレクトショップ「The Mad Shop」が主催するディナーイベントである。曳舟のワインレストラン「un」を会場に、The Mad Shopのディレクターを務める石崎孝之が2021年に購入したマルジェラの映像作品《Light Test》の上映が行なわれた。住宅街に位置する古民家を改装した店舗の中、10人ほどの観客がテーブルを囲んで座り、ユダヤ料理のコースとワインのペアリングが卓を彩っていく。やがて食事と会話が一段落したところで、キッチン奥の壁面に映像が投影され始める。
映像自体は7分程度のごく短いものであり、毛髪を編み込んだヘッドピースで顔を隠した女性が哄笑する様が繰り返される。途中、デオドラントスティック——これもマルジェラの作品であり、2021年に開催された個展を貫くキーモチーフとなっている——のインストリーム広告が頻繁に挟み込まれ、その度に映像は寸断される。素直に捉えるならこの映像は、広告というシステムによって日々、滑らかな時間を切り刻まれ続ける私たちの主観を戯画化している。だが重要なのは “Light Test” というワード、すなわちデオドラントの広告によって寸断される女性の映像が、撮影前の照明テストのシーンである可能性が示唆されている点だ。つまりここでは、本来はフィルムに収められることのない映像、無意味なフッテージ、届くはずのなかった光が広告の存在によって逆説的に「観るべきもの」としてのコードを帯び始めている。確かに鑑賞中、繰り返される広告は苛立ちを喚起した。その時私は確かに、単なる “Light Test” を観ることを望んでいたわけだ。欲望は模倣の原理によって衝き動かされており、人は誰かに欲望されているものを欲望する。コンテンツへの欲望を人質とすることで成り立っていたはずの広告が、いつしか存在しない欲望を召喚するためのシステムへと成り代わる。そもそも本当に映像に挟み込まれていたのは、デオドラントの広告なのか。笑う女性のほうではなかったか。日常生活が広告によって阻害される時、私たちは無限とも思える焦燥を覚える。裏を返せばその瞬間、広告は永遠に近い存在になっている——これこそは、ファッションを含む高度資本主義社会の商品たちにとっての玉座である。
——と、真面目に作品を評するのであればこんなところであろう。だが、そこに面白みがあるのかといえば疑わしい。一見してわかるコンセプト以上の奥行きは少なく、そのコンセプトとて、多少なりともこれまでのマルジェラのクリエイションを知っている者であれば容易に想像可能だ。ここには、ファッションデザイナーとしてのマルジェラの試みがあまりにも現代アートの文脈になぞらえられて流布されてしまったという側面もあるだろう。レプリカシリーズをアプロプリエーションとして、マルジェラとデュシャンを相似形として語るような態度。軽薄だがそこには一定の納得感があるのも事実だ。アートをファッションに転用したことがマルジェラの達成であるとするならば、アートのフィールドでアートを行なうことを同様に語ったところで、魅力が減じるのは必然と言えよう。むしろ私たちが見出すべきは、マルジェラというメディウムはアートにファッションを感染させられるのか、ということではないだろうか。
(後編へ続く)※2/10公開予定
鑑賞日:2024/12/23(月)