2023年から25年にかけて全国5館を巡回中の「石岡瑛子 I(アイ)デザイン」展。その開催にあわせ、artscapeでは展覧会の開催地にゆかりあるクリエイターに取材を行ない、石岡瑛子の表現と重ねるようにして、各地域の文化的土壌と個の表現のあり方を探る連載を展開してきました。巡回先は北九州市にはじまり、茨城、兵庫、島根、富山となりました。これまで茨城以後の四つの地域について、記事を2本ずつ作成してきました。本記事では、それらの内容を、順を追って紹介します。

【1】茨城編①:塚田哲也(大日本タイポ組合)インタビュー
タイポグラフィ集団「大日本タイポ組合」の塚田哲也氏が、自身の出身地である茨城を起点に、恩師・野沢二郎との記憶やアートとの出会いを語るインタビュー。高校時代に触れた自由で実験的な美術教育が、その後の創作活動に与えた影響を丁寧にひもときます。塚田氏が経験してきた広告業界の栄枯盛衰、アートディレクターとしての職能の変化を通じて、石岡瑛子のような表現者の「強さ」と「覚悟」に対する敬意がにじむ内容です。地元の展覧会や学生との関係性、そして「I=私」の表現が生まれる現場のリアルが浮かび上がります。

【2】茨城編②:河尻亨一 講演「石岡瑛子の『I』をめぐって」
「石岡瑛子 I デザイン」展の共同監修者である河尻亨一氏による講演を軸に、本展の企画コンセプトを掘り下げた講演録。石岡の表現に通底する「熱量」と「圧力」、「クライアントワークと自己表現の両立」、そして「越境とコラボレーション」という三つの観点から、その作品群を紐解いていきます。PARCOや資生堂の伝説的な広告キャンペーンだけでなく、ビジュアル・コミュニケーションの革新性を現在の視点から再評価する内容で、石岡の仕事の射程の広さを体感できる一編です。

【3】兵庫編①:玉木新雌(tamaki niime)インタビュー
兵庫県西脇市を拠点に活動するファッションデザイナー・玉木新雌が、自らのブランド「tamaki niime」の20年をふり返りながら、創作における「私」の手応えについて語る内容。播州織の可能性を引き出し、素材の自家栽培、純粋な国産ショールの開発に取り組む姿勢は、まさに石岡瑛子の「I=私」と響き合います。「迷路の中でトンネルが開ける瞬間」や、「限界まで追い詰めることでパズルが解ける」など、直感と実践に裏打ちされた言葉の数々が、読者に創作のリアリティを伝えてくれます。聞き手は河尻氏。

【4】兵庫編②:ニコール・シュミット+長谷川哲也(hsdesign)インタビュー
グラフィックと空間の両分野で活躍するデザインユニットhsdesignの二人が、石岡瑛子の作品を見つめながら、共鳴と憧れを語るインタビュー。「粗野で即興的な表現」と「繊細な計算」の両立に触れ、石岡作品の奥行きを語ると同時に、他者と協働する際に必要な「口説く力」に対する言及も印象的です。石岡がマイルス・デイヴィスとアーヴィング・ペンを繋いだ逸話に触れつつ、自らの創作体験とも照らし合わせたエピソードは、デザインの本質に迫る語りとなっています。

【5】島根編①:益田工房インタビュー(洪昌督+桑原宏幸)
地域から発信される表現の強さとは何か。島根県西部で活動するデザイン事務所・益田工房が、15年にわたる実践を振り返りながら、地域とともに築いてきたデザイン文化について語ります。仕事の枠を超えた「商流を遡る」アプローチ、パッケージづくりから商品開発への介入まで、「熱意と覚悟で地域を動かす」という姿勢に、石岡瑛子の仕事との通底を感じさせます。地域に根ざしたデザインの力、その浸透のプロセスを丁寧に伝えるインタビューです。

【6】島根編②:廣田理紗(学芸員)インタビュー
島根県立石見美術館での展示を担当した学芸員・廣田理紗氏への取材では、巡回展としては異例の「地域に寄り添う展示」がどのように実現されたかが語られます。赤い光や「I」のモチーフによる空間演出、A2サイズの四つ折りチラシへの挑戦、さらには益田市の街を巻き込んだ「Meet 瑛子!」企画など、展示が「地域との対話」となった実践が詳細に語られます。石岡作品の社会性や装丁の力、ファッションと広告の文化的位相についての言及も深く、視点の広がる内容に仕上がっています。

【7】富山編①:桐山登士樹(富山県美術館副館長)インタビュー
地域資源、素材文化、教育、そして制度設計──富山を長く見つめてきたデザイン・ディレクターの桐山登士樹氏が、地域とデザインをつなぐ視点から石岡展を語るインタビューです。富山県における世界ポスタートリエンナーレの歴史、ロイヤリティ制度の導入といったコンペティションの事例、地域企業との信頼関係など、同地で石岡瑛子の展覧会が成立する背景が多面的に語られます。表現と社会の接点を「裏方」として支える視点から、「I=私」たちのためのデザインを支える思想が感じられる内容です。

【8】富山編②:河尻亨一×永井裕明 対談
展覧会監修を務めた二人──河尻氏とアートディレクター・永井裕明氏──が語る、展覧会制作のプロセスと石岡の表現論。赤いテントやDidot書体の使用、「一枚の紙の上にどれだけの熱を定着させられるか」という石岡の姿勢に対し、どのような展示構成で応答するか。色彩やタイポグラフィなどに関する実践的な視点を通じて、展覧会が石岡の思想そのものであることを再確認させてくれます。最終会場・富山だからこそ生まれた集大成的な語り合いに耳を傾けてみてください。

以上、石岡瑛子「I デザイン」展に合わせて展開された連載記事全8本のガイドでした。どの記事にも、土地と人と石岡の仕事が交差する独自の視座があり、それぞれが「I=私」というテーマと響き合う内容となっていると思います。展覧会の副読コンテンツとして、また地域文化とクリエイティブの関係を考える資料として、ぜひご活用いただけましたら幸いです。(o)


最終会場・富山県美術館での取材のようす[撮影:artscape編集部]