没後10年をへて再び注目を集めるデザイナー、アートディレクターの石岡瑛子。2023年から25年にかけて全国5館を巡回する「石岡瑛子 I(アイ)デザイン」は、石岡がデビューした1960年代からNYに拠点を移した80年代までの仕事を中心に、ポスターやCM、アートワーク、書籍など約500点のビジュアルを本人の名言とともに紹介することで、その創作の原動力となった「I=私」に迫ります。展示は2024年12月14日(土)より島根県立石見美術館で開催中。
会期に合わせて、当巡回展に関連した連載をartscape誌上で展開しています。展覧会が巡回する地域にゆかりのあるクリエイターに取材しながら、「いつの時代」も「どんな場所」でも輝きを失わないタイムレスな表現について考えるシリーズ企画です。
今回は島根県立石見美術館の廣田理紗氏にお話を伺いました。Team EIKOと協働しながら、地域に寄り添った展示空間づくりに取り組んだ同館での展示の特徴や、展示関連企画を通じた地域との関係性構築、そして石岡瑛子が手がけたパルコの広告が持つ時代性について語っていただきました。(artscape編集部)
各巡回先で新しいことに挑戦していく
従来の巡回展では、完成した展覧会を各会場に設置していくことが基本で、大きな変更はあまり行なわれない。しかし本巡回展では、3名の監修者から成るTeam EIKO(石岡怜子、河尻亨一、永井裕明[N.G.inc.])が「各会場で新しいことに挑戦していく」という姿勢を貫き、それぞれの会場の特性を活かしながら展示空間を作り上げていった。そのプロセスに担当学芸員として携わった廣田氏は、こう語る。
廣田──展覧会の監修者が展示作業の前に現地に来るというのは、ほとんど例がないんです。今回はTeam EIKOを代表して永井さんと河尻さんが下見にお越しくださいまして、美術館の立地条件や建物の特徴を細かく確認してくださいました。そして展示室の特性を活かした展示方法を、一緒に検討していきました。
今回の石見美術館での展示で特筆すべきは、赤色の効果的な使用だ。展示室の出入り口では赤いライトを照射している。石見美術館の展示室は入口と出口が同じ空間のため、来場者は赤いライトのもとを通って入場し、また赤いライトのもとを通って退場することになる。また、中庭に面した縦長の窓には赤いフィルムを貼付。この縦長の赤い領域を回廊の側からみると、「I」のかたちに見えるという。展覧会タイトルにちなんだ演出だ。
この赤色による演出は、広報物のデザインから発展したものだった。Team EIKOとのやりとりは、島根での展示にあたってチラシのデザインを変更しようという提案から始まった。兵庫県立美術館での展示と会期が近く、チラシの配布期間が重なることが背景にあった。
廣田──配布時期と配布エリアが重なってしまうので、同じ見た目のチラシを作ると兵庫と島根の違いがわからなくなってしまいます。そうした懸念をTeam EIKOにお伝えしたところ、デザイナーの永井さんは「根本的に変えよう」と言ってくださいました。背景色の変更などといった規模に留まらず、「判型を変えて大きくしよう!」と提案され、結果としてA2判型の四つ折りという形式になりました。想像していなかった方向に発展しましたね。折りたたむとA4になるので、一見普通のチラシに見えるのですが、広げて遠くから見ても素敵だし、裏返すと各章の見どころが結構太っ腹に解説してあり、それを雑誌のようにも読んでもらえて、多機能なんですよね。チラシでありながら、ポスター的にも使ってもらえ、読みものともなります。
チラシの表紙面のデザインは、他の館と比べて赤い領域を広げているという。折りたたまれたA2判を展開すればポスターのようにもなり、そのポスター的な見え方を意識して赤の領域を増やしたそうだ。
廣田──このようにチラシに赤が増えたことで、展覧会の演出そのものにも、他の巡回先よりも印象的な形で赤の要素を用いるという方向性が生まれたのかなと思います。
「石岡瑛子 I デザイン」展チラシ。A2を展開した表面(画像左)と裏面(右)[提供:島根県立石見美術館]
地域に根ざした「Meet 瑛子!」プロジェクト
展覧会に先立ち、「Meet 瑛子!」という企画が実施された。これは石岡瑛子のデザインを地域に浸透させる試みだ。
廣田──一般のお客さんのあいだでは石岡瑛子という名前の認知度はまだ高くないかもしれないという声が館内からも上がっていましたし、他の会場でも同様の状況があると聞いていました。
プロジェクトでは、益田市内の飲食店や図書館など約20か所の施設に、石岡瑛子によるポスターのレプリカや装丁本を展示した。このように多くの施設の協力を得られた背景には、美術館が築いてきた地域との関係性がある。
廣田──普段からカフェや飲食店には大変お世話になっていますし、定期的に企画展ポスターの掲示をお願いしている店舗もあります。今回の展覧会ではポスターや本の装丁が重要なアイテムとして大きな比重を占めていますから、「Meet 瑛子!」企画は展覧会の特徴とよく合致していました。お店と細やかなやり取りを重ねたことで、美術館と地域との距離はより近くなったように感じています。
とくに地域への浸透を実感するのはどんなときかを尋ねてみた。
廣田──カフェでは「この後美術館に行きます」という会話が聞かれたり、遠方から来られたお客様が展覧会を目的に立ち寄られたりしているとおしえていただきました。もともと、益田では街ぐるみでポスター掲示にとても協力的で、最寄り駅や空港から美術館までの道のりのあいだ、たくさんのポスターを目にすることができます。デザイナーの永井さんも、街なかの石岡展ポスターの多さに感激されていました。
石岡展の開催を通じて、美術館と地域がともに創り上げる文化的な土壌が、より豊かなものとなっていることが窺える。
MASCOS HOTELにおける「Meet 瑛子!」プロジェクトの様子。写真右手にはポスター《POWER NOW》のレプリカが見える[提供:島根県立石見美術館]
益田市立図書館における「Meet 瑛子!」プロジェクトの様子[提供:島根県立石見美術館]
パルコの広告とその時代
本展を担当した廣田氏は、ファッションを専門とする学芸員だ。キャリアの初期には「美しい日本のデザイン」展で副担当を務め、1950-60年代のデザインを研究。その一環で当時のファッションデザインを調べたことで、のちの関心や研究が開けていったという。『ファッション・イン・ジャパン』展では50-60年代の日本のファッション文化を探求し、その際に特に注目したのが洋裁文化の浸透とその影響だった。
廣田──日本では洋裁文化が広く浸透した時期があり、多くの人々が服作りの知識と技術を身につけました。体に合ったものをしっかり作るというのが洋裁の基本です。つまり当時は、衣服と人体の関係への意識が高まった時代だったと言えるでしょう。
その後の70年代という時代に、石岡瑛子が手掛けたパルコの広告は位置している。前の時代とは異なり、この頃のファッションは消費社会の記号性とより密接に関係してくる。
廣田──当時のパルコという企業は、服そのものを売るという以上に、服を着ることを文化的な営みとして発信していました。そのような役割は、広告という領域だからこそできた部分もあるでしょう。この頃の石岡瑛子さんのデザインを、そのような時代性から読み解くこともできると思います。
そしてそのような文脈を抜きにしても、石岡瑛子が手掛けたパルコの広告キャンペーンには特別な輝きがあるという。
廣田──パルコの広告は、見る人自身に問いかけるような、強い印象を持つキャッチコピーが特徴的です。特に『鶯は誰にも媚びずホーホケキョ』のキャンペーンでは、モデルさんが普段はアスリートだったりと、一般的なファッションモデルとは異なる起用をしています。キャッチコピーの脇には、ショルダーコピーのかたちで、このモデルさんたちが普段どんな暮らしをしているかが書き込まれていて、一人ひとりにフォーカスしているのがわかります。これを見ていると、私たち自身の生き方を問われているのがわかりますね。
一人ひとりの生き方。そこから転じて、一つひとつの地域のあり方を考えさせられた。石岡瑛子が手がけたパルコの広告に込められた「自分らしさ」というメッセージは、地域文化を考えるうえでも示唆的だ。美術館、カフェ、商店街──それぞれが独自の個性を持ちながら、ともに文化を育んでいく。「Meet 瑛子!」プロジェクトは、まさにそのような地域の有機的なつながりを体現していた。
「鶯は誰にも媚びずホーホケキョ」PARCO ポスター(1976)
石岡瑛子 I デザイン
会場:島根県立石見美術館
会期:2024年12月14日(土)~2025年2月24日(月・振休)
開館時間:9:30~18:00(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日(2025年2月11日は開館)、12月28日(土)~2025年1月3日(金)、2025年2月12日(水)
公式サイト:https://www.grandtoit.jp/museum/ishioka_eiko_idesign_iwami