会期:2025/04/19~2025/05/31
会場:タカ・イシイギャラリー[東京都]
公式サイト:https://www.takaishiigallery.com/jp/archives/34381/
ベルリンを拠点に活動するアーティストのレオノール・アントゥネス(Leonor Antunes)は、モダニズム運動や20世紀の建築・デザイン史のなかで見過ごされてきた女性アーティストたちの仕事を読み直す実践を続けている。タカ・イシイギャラリーで開催された個展「strips, trunks, trees and dots」では、ノエミ・レーモンド(1889–1980)とフェリーツェ・リックス=上野リチ(1893–1967)という2名の女性デザイナーに焦点を当てた。彼女たちは建築家・アントニン・レーモンドおよび上野伊三郎それぞれの配偶者として知られるが、その貢献はしばしば歴史の陰に隠されてきた★。アントゥネスはそうした視点を反転させ、彼女たちの造形的思想や制作手法を参照しながら、彫刻作品やインスタレーションとして展示空間へと展開する。
ノエミ・レーモンドは、アントニンとともにフランク・ロイド・ライトの帝国ホテル設計に携わるために来日し、以後40年以上にわたって日本で活動した。民藝や木版画といった日本の伝統文化に学びながら、西洋モダニズムに東洋的な要素を織り交ぜたデザインを追究する。とりわけ家具やインテリアの設計では、木材や布をはじめとする自然素材からデザイン分野ではメジャーではなかった鋳造まで多くの素材と手法を取り込み、多層的な構成によって機能を超える美的な空間を形づくった。一方、上野リチはウィーン工房で装飾芸術を学び、幾何学や植物的モチーフを組み合わせた図案を得意とした。1925年に建築家・上野伊三郎と結婚し、京都とウィーンを往復しながら活動を続ける。日本の伝統産業に携わる職人たちとの協働を通じて、文様や技術を取り入れながら、日用品に律動的な装飾へと展開したことで知られる。
レオノール・アントゥネス 「strips, trunks, trees and dots」展会場風景[筆者撮影]
本展で展示された立体作品《フェリーツェとノエミ》《フェリーツェとシャルロット》は、ノエミと上野リチの家具、建築、テキスタイルのパターンから構成原理を抽出し、抽象的な造形へと再解釈したものである。吊る/巻く/支えるといった構造的なジェスチャーが繰り返され、ロープ、布、木材、革、ゴムなどの素材が複合的に組み合わされた彫刻は、線の動きや幾何学的なパターン、そして手仕事の痕跡を織り込みながら、物質と歴史的な参照点のあいだを往還する。
じつは展示全体を覆うリノリウムの床面は、ノエミのテキスタイル図案を引き伸ばし、再配色したものである。展示環境にくわえて鑑賞者の身体スケールや知覚に介入する空間的な操作には、空間(あるいは歴史)の後景に退いていた装飾を前景へと引き戻すことで、主題となる女性たちの制作を中心へと再配置するという意図を感じた。
こうした価値転倒は、Katy Hesselによる『The Story of Art Without Men』(2022)など、近年の美術史におけるフェミニズム的な問い直しとも軌を一にする。アントゥネスのアプローチは、美術史における女性の再評価や制度的な枠組みのなかでの書き換えではなく、そもそも構築されなかった歴史そのものを物質的・空間的に浮かび上がらせようとする。彼女の空間構成は、モダニズムの周縁に置かれてきた女性たちの痕跡を編み直す試みとして装飾、構造、空間、労働を提示するのだ。「装飾とは、抑圧されてきた知性の結晶である」というアントゥネスの信念のもとで、女性たちの実践に遺された線や面の痕跡から再編される装飾は、人々の記憶や感性、近代性や女性の慣習を現代へ翻訳する行為としても展開されているだろう。
執筆日:2025/05/16(金)
★──1941年、MoMAで開催された「オーガニック・デザイン」展のコンペティションで、ノエミのデザインが受賞したにもかかわらず、受賞者として名が残ったのはアントニン・レーモンドのみだったというエピソードがある。こうした、女性パートナーによる設計行為が歴史から不可視化される事例は美術や建築などの諸領域で繰り返されてきた。