会期:2025/04/12~2025/06/08
会場:京都芸術センター[京都府]
公式サイト:https://www.kac.or.jp/events/20250205/
京都芸術センターで開設25周年記念展「そのへんにあるもの」が開催された。本展は赤瀬川原平が提唱した「超芸術トマソン」の概念を紹介するギャラリー南における「京トマソン マラソン!」と、赤瀬川のトマソン的視点が感じられる5名の作家の出品展示からなる。ここでは「超芸術トマソン」の資料展である「京トマソン マラソン!」について述べる。
本資料展は「超芸術トマソン」の研究者シルヴァン・カルドネルによって企画された。彼はこの呼称の対象となる都市の景観を「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」と説明している★1。60年代に裁判へと発展した赤瀬川の先鋭的な視点が、80年代には路上観察学会、超芸術トマソン観測センターへと引き継がれ、現在では誰もに開かれた都市を見直す知的体験へと変容を遂げたプロセスに焦点を当てた展示となっている。
会場では四角い空間の壁をぐるりと囲むように、写真や資料が展覧されていた。千円札に関わる赤瀬川の活動、超芸術トマソン、路上観察学会、それらに関する書籍コーナー、映像ドキュメント『ROJO』、赤瀬川の紙焼き写真の順で並んでいる。また、部屋の中心には大きな机とイスが置かれ、81〜83年にファイリングされた「超芸術トマソン」の報告書5冊が自由閲覧できるようになっていた。
展示は羽永光利が1967年頃に撮影した赤瀬川本人の写真から始まる。仰向けに寝そべる赤瀬川の全身が捉えられ、その周辺を彼の作品が埋めている。赤瀬川とほぼ同じサイズの千円札画や、模型千円札で梱包された瓶、2つの石膏像が密着した《ホモロジー・男》(1964)などが写っている。
赤瀬川の活動には、法律に照射された前衛芸術家時代から、文芸賞を受賞して新聞欄にも寄稿する文化人へと移行するはざまに、先鋭性と世俗を掛け合わせたパロディジャーナリズムに傾注した時期がある。野次馬を標榜した「櫻画報」では社会政治を扱ったほか、美術においても前衛美術の当事者としての視点からルポルタージュを活写している。本展では、1972年5月号の『美術手帖』に付録掲載された南伸坊らとの共作「壮烈絵巻〈日本芸術界大激戦〉」が紹介されていた。
千円札事件の報道をめぐって新聞メディアと対峙した赤瀬川は、それらの記事のいい加減さにたびたび言及してきた★2★3。彼は自らが批判対象とするフィールドに乗り込んだのち、やがては穏やかな共存を迎えるが、その段階的なステップにパロディジャーナリズムや美学校、超芸術トマソンがある。そのプロセスを追うように並ぶ会場掲示物を眺めていくと、いずれの活動にも参加した松田哲夫や南伸宏らとの交流の重要性が窺える。展示の後半では赤瀬川が講師を務めた美学校や路上観察学会員へのインタビューなどが紹介され、その一部はウェブからも参照可能となっている★4。
会場設置の趣旨文には、本展はアーカイブ資料の重要性を伝える側面もあると記されていた。たしかに会場にはトマソンの年表や四谷純粋階段の模型が置かれ、報告書ファイルの自由閲覧など、時間をかけてトマソン的視点を学ぶことができる。とくに図書コーナーが充実しており、展覧会図録からエッセイ集まで、市場にあるほとんどの赤瀬川関連書籍が閲覧できた。「超芸術トマソン」の報告用紙も無料頒布され、社会と共存する前衛性の根を辿りたくなるような資料展だった。
「そのへんにあるもの」展の配布物[筆者撮影]
鑑賞日:2025/5/12(月)
★1──https://pr.kyoto-np.jp/campaign/nwc_2021/message/culture/k11.html
★2──赤瀬川の模型千円札をめぐっては、二度の騒動が生じている。最初の裁判から7年後に生じた報道について、彼は朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、神奈川新聞、中日新聞、読売新聞、サンケイ新聞の記事を比較し、それらの報道の不確かさを説いている。とくに東京新聞は7年前に掲載した赤瀬川の顔写真をあたかも現在のもののように使用したうえ、取材も受けていないのに「『『表現の自由で対決したい』と語る赤瀬川原平さん』という恥かしくなるようなキャプション」までつけたという。参照=赤瀬川原平「千円札をめぐる新聞紙の話」『鏡の町皮膚の町──新聞をめぐる奇妙な話』筑摩書房、1976
★3──朝日新聞が赤瀬川を別件の偽札事件の犯人のように報じた衝撃から、彼がジャーナリズムへ参入していった経緯は下記に詳しい。
光田由里「瀧口修造文庫所蔵『千円札裁判資料』について」『多摩美術大学アートアーカイヴセンター年報/紀要2022 軌跡No.5』多摩美術大学アートアーカイヴセンター、2024、65頁
★4──https://vimeo.com/1050662357