鳥取県立美術館の赤井あずみさんには、2021年から「キュレーターズノート」を書いていただいていましたが、今回でひとまず終了となります。この5年間には、県立博物館の美術部門から美術館が独立してオープンしたことが大きかったのですが、鳥取の演劇や映画などのさまざまなシーン、個人的にオーガナイズされているアートプロジェクトHOSPITALE PROJECTはじめ、鳥取のアーティスト・イン・レジデンスのこと、鳥取をベースにしたアーカイブのプロジェクトについても紹介していただきました。また地元だけでなく、パンデミック後の「奥能登国際芸術祭2020+」、中国四国地方のアートシーン、ときにはアートバーゼル、マレーシアまで、まさにキュレーターのノートが好奇心でパンパンに膨らんでいることを見せていただいたような連載でした。ありがとうございました。(artscape編集部)
上演と展示を「繋げる」作家たち
「ちょっとした芸術祭みたいですね」と知人が評した展覧会「コネクションズ」は、鳥取県立美術館の開館記念展第4弾として筆者が企画を担当した、当館初の大規模な現代アートの展覧会である。言われてみてなるほど、参加作家たちのほとんどが新作を手がけ、会場にはクリエーションの勢い、エネルギーが満ちている。本展の作品選定にあたっては各作家に具体的な作品の出品依頼を行なうというよりも、今現在の興味関心をインタビューし、やりとりを重ねて決定していくというプロセスを踏んだ。おそらくそれゆえに、「鳥取」という地域性や「美術館」という文脈をふまえた作品が、そこでしかあり得ない形で制作・展示され、そのサイトスペシフィックな要素が、「芸術祭的」とも言えるみずみずしい印象を生み出しているのかもしれない。
また、建物を象徴する吹き抜け空間「ひろま」では、使用済みのレジ袋を貼り合わせ、ソフトスカルプチャーを共同制作するプロジェクト《ムセオ・アエロ・ソラール》の巨大なバルーンが来場者を迎える。プレイベントとして実施してきた袋の回収キャンペーンや、シートに描かれた未来の誰かへ向けたイラストやメッセージによる参加型の形式で制作され、その祝祭的な雰囲気はまさに芸術祭の光景を彷彿とさせる。
《Museo Aero Solar, Tottori》ワークショップより(2026/01/04)
《Museo Aero Solar, Tottori》展示風景
《Museo Aero Solar, Tottori》フローティングイベント(2026/03/21)[提供:鳥取県立美術館]
元々、本展覧会の構想を検討する際に念頭にあったのは、パフォーマンス的な要素を含む作品が、空間や観客を活性化させることへの興味関心であった。「コネクションズ」は、パフォーマンスや演劇、音楽といった上演的なジャンルと美術との間を「繋げる」作家たちの実践を紹介することで、その多様な現われ方と、美術館の制度のなかでの可能性について、確かめ、考えるきっかけとしたいという経緯から、比較的率直に名付けたタイトルだった。また、人々との協働のプロセスを経るプロジェクトや、いわゆる「参加型アート」と呼ばれる作品群も、作品の鑑賞とは異なる一種のパフォーマティヴな実践を伴いつつ、人と人を「コネクト」することから、リストアップの対象とした。さらに、近年アートのひとつの重要な潮流となっているプロジェクト型のリサーチや実践の過程で生じるさまざまな「関わり」が、いかに展示として美術館の空間に立ち現われるのか、という問いをもって、本展の企画は始まった。美術館という枠組みのなかで、その可能性を拡張しうるのではないかという予感を持ちながら。
mamoruによる「コレクティブな声」の在り方
こうした関心のもとに本展では複数の実践がなされた。なかでも、「人々の関わり」という視点からその具体をみていくと、それぞれに多様な現われとなったことがわかる。
mamoruは、筆者が企画運営するアートプロジェクト「HOSPITALE」で滞在制作のために招聘して以来、10年以上にわたり、アートスクールやトークイベントの講座など協働で取り組んできた作家である。「リスニング/聞くこと」を通じて知る世界を探究してやまない彼の活動は、その出自が音楽ということもあり、テキストや映像、サウンドを用いた「上演的なもの」を通して表現されてきた。2021年のパンデミックの状況下で始まったプロジェクト《NEVER BE NO VOICE 声を挙げ、絶やさない》は、「できるだけ長く声を響かせる」というシンプルなインストラクションに基づき、「コレクティブな声」の在り方を探ることを試みるものである。
本プロジェクトは、これまで名古屋、ポーランド、インドネシア、香港、韓国など各地で開催されてきた「ワークショップ」と、台湾やエストニアといった集合的な声の文化を持つ地域の「リサーチ」とが並行して進められてきた。本展に際しこのプロジェクトで展覧会に参加したい、という作家からの希望が出てきたとき、果たしてこの「上演」をいかに「展示」するかについて、さまざまに議論したことを覚えている。作品として完成させるためには、なんらかの「声」のプロフェッショナルに協力依頼し、「質の高い」音楽(のようなもの)をつくるべきなのではないか、という話もあり、オペラや合唱の愛好家たちの団体の調査まで行なったこともあった。
紆余曲折を経て、場づくりや地域での文化活動を行なう県内各地のキーパーソンに協力を依頼し、会場探しから参加の声かけまでを担ってもらうことで、既にあるそれぞれのコミュニティを核に、「ワークショップ」という形態をとり公募によって一般の参加者を募集するというスタイルをとることとした。結果、鳥取県のAIRネットワークが母体となって設立された鳥取クリエイティブ・プラットフォームの会員たちが即座に反応し、昨年5月から6月にかけて、県内西から東まで8会場9セット×2日間のワークショップが実現した。10月には、これまでの参加者によるロケを伴うセッションが2日間で計4回実施され、展覧会期中のイベントとして開催したものを加えると合計23回の「セッション」を重ねてきた。各会場では大体10名前後の参加者が集まり、最終的な参加・協力の人数は約150名にものぼった。
ワークショップの1日目には、リスニングや呼吸、想像力のエクササイズを1時間半、その後mamoruが「マイボイス」と呼ぶ「自分のトーンのハミング」を行ない、呼吸のタイミングをそれぞれでずらすことで音を途切れさせないよう響かせる「セッション」が1時間半行なわれた。3週間のインターバルを開けて実施される2日目は、音/声遊びのようなさまざまな実験──隣の人の音(声)をリレーのように繋げる・50音から選んだ音(声)を出す・グループで異なる音(声)を出す、などなど──が行なわれた。その過程で生まれた音声は記録され、後に映像作品の素材として編集された。 最終的な展示の形態としてはシングルチャンネルの映像が2作品上映されることとなった。メインの画面には、霧に包まれた森に佇む参加者たちの姿が映り、さまざまなセッションの音声を重ね合わせて編集された音/声が展示空間に響いている。その画面から直角の角度をとった少し小さめの画面のプロジェクションは、4年間のmamoruの実践とリサーチの様子、問いとその答えを探す思索が1時間にまとめられた映像である。また、会期中にはこれまでのワークの参加者と当日mamoruのワークショップを受講した新たな参加者たち約40名による1日限りの「公開セッション」が行なわれた。
上述したように、このプロジェクトにおける「参加者」はワークショップで声を出した者たちであるが、アーティストのリサーチの協働者であり、即興的な「コレクティブ」であった。そこにはアートへの信頼と未知の事柄に自らを開くという態度が共有されていたように思う。長年この土地に関わってきたmamoruが培ってきた関係性、そしてAIRをはじめとするさまざまな文化的活動による土壌に、このプロジェクトの実現は大いに依っていた。
mamoru《声を挙げ、絶やさない》セッションの様子 鳥取県立美術館(2026/03/01)[提供:鳥取県立美術館 写真:田中良子]
mamoru《声を挙げ、絶やさない》セッションの様子 鳥取県立美術館(2026/03/01)[提供:鳥取県立美術館 写真:田中良子]

mamoru《声を挙げ、絶やさない》ワークショップ 旧吉井歯科・湯梨浜町(2026/10/18)[筆者撮影]
mamoru《声を挙げ、絶やさない》ワークショップ 大山旧長田分校(2025/05/25)[筆者撮影]
刷音によるシルクスクリーン印刷会で版と人に出会う
ミュージシャン、美術家、デザイナー、フォトグラファー、パフォーマーなど約40名のメンバーからなるグループ「刷音」は、プロジェクト名であると同時に、グループ名でもある。日中のアーティストによるコレクティブとして、音楽ライブやシルクスクリーン印刷会など、人と人が交流する場をひらいてきた。本展では写真や映像、シルクスクリーンの版といったこれまでの活動のアーカイブと、本展のために制作されたミュージックビデオやドローイング、現地制作の壁画が展示室に並べられた一方で、会期中4回にわたってライブやトーク、人形劇、印刷会などのイベントが実施された。
刷音の実践において重要なのは、特定の成果や技術の習得ではなく、人々が一時的に同じ場を共有し、その場のなかで関係が立ち上がっていくことにある。印刷会の現場では、参加者がそれぞれのやり方で版に向き合い、インクを重ね、ときに言葉を交わしながら作業を進めていく。その過程は必ずしも整えられたものではなく、むしろ偶発的なやりとりや身体の動きが重なり合うなかで、場の空気が生成されていく。
そこでは、あらかじめ定められた役割が固定されることはなく、鑑賞者と制作者、あるいは参加者と主催者といった区分は緩やかに揺らいでいく。刷音の印刷会は、作品を生み出す場であると同時に、人と人との関係がその都度編成される出来事の場──刷音の中心メンバーである竹川宣彰はそれを「パーティー」と呼ぶ──として立ち現われていたと言えるだろう。
刷音 シルクスクリーン印刷会 鳥取(2026/02/07)[提供:鳥取県立美術館 写真:田中良子]
刷音 シルクスクリーン印刷会 鳥取(2026//02/07)[提供:鳥取県立美術館 写真:田中良子]
高嶺格《脱皮的彫刻》の能動化する参加型制作
もうひとつ別の例を挙げるとすれば、高嶺格による《脱皮的彫刻》の巨大インスタレーションの制作プロジェクトがある。これは、美術館の竣工式の様子を再現するというアイデアを実現するために、苦肉の策として立ち上げた「ワークショップ」であり、その実127体もの石膏像を作るために急遽協力者を募り、10日間にわたって坐像制作に取り組んだものである。 制作にあたっては、美術館のウェブサイトを通じて参加者を募集し、また「TMOA+」のボランティアメンバーが中心となって協力した。さらに制作が進むにつれて、口コミによってモデルや制作スタッフの希望者が次々と増えていった。自らの姿の「生き写し」が展示空間に並び、作品の一部となるという経験が関心を惹きつけた側面もあったのではないか、と推測するが、こうした広がりは、美術館を核として人々の関係が生成されていく、その萌芽のようにも感じられた。
興味深いのは、こうした過程のなかで、当初は協力者として関わっていた人々が、次第に制作の担い手へと移行していった点である。作家自身は初期の段階でデモンストレーションを行なった後は現場を離れていたため、参加経験のある者が新たに加わった人々に手順を伝え、ともに制作を進めていったのだが、現場にはその不在を埋めるべくある種の自律的な連帯感が生まれていった。協力者からプロジェクトの運営メンバーへという関わり方の変化、「つくること」を通じて生じたオーガニックな共同体の芽生えは、当初まったく予想していなかった状況であった。
余談ではあるが、本作は男性が大半を占めていた竣工式の構成をなぞることで、その偏りを可視化することをコンセプトとしていたが、実際の制作においてはワークショップ参加者の多くが女性であり、結果としてその構成は反転することとなった。このねじれは、竣工式の構成をなぞることでその偏りを可視化しようとした作品に対し、制作の現場から別の構図を差し返すものであり、その批評的な意図を結果的に増幅するものとなった。
高嶺格《脱皮的彫刻》制作風景 鳥取県立美術館スタジオにて(2025/12/20)[筆者撮影]
高嶺格《脱皮的彫刻 -鳥取編》展示風景[提供:鳥取県立美術館 撮影:田中良子]
生きた現場としての美術館
このように「コネクションズ」は作家だけでなくたくさんの人々の手によって形作られた。これらの重層的な試みは、開館という一過性のイベントを超えて、この美術館が「公共」という言葉を真に担っていくための血肉となっていくはずである。この新しい箱が、作品の収蔵庫に留まることなく、絶え間ない変容と対話を受け入れる、生きた「現場」であり続けるのか。その真価が問われるのは、祝祭の熱狂が去り、この場所が地域の人々の日常に溶け込んでいく、これからの時間であるだろう。
CONNEXIONS | コネクションズ ―接続するアーティストたち―
会期:2026年02月07日~2026年03月22日
会場:鳥取県立美術館(鳥取県倉吉市駄経寺町2-3-12)
公式サイト:https://tottori-moa.jp/exhibition/view/exhibition-04-2/