
発行日:2022年6月
発行所:Edition Moderne[スイス]
公式サイト:https://www.editionmoderne.ch/buch/drawing-together/
サーペンタイン・ギャラリーのディレクターを務めるキュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリストと、スイス人キュレーターのヒラー・シュタトレ、デヴィッド・グランツマンによって編纂された作品集『drawing together』(2022)。ベルパルク美術館(スイス)で同年に開催された展示記録集として刊行された本書は、1920年代にマルセル・デュシャンやジャック・プレヴェール、イヴ・タンギーらシュルレアリストたちが興じたドローイング・ゲーム「優美な屍骸(Cadavre exquis)」を現代の多様な領域の作家らと実践し、約200点の作品としてまとめたものである。
ダン・グレアム、ゲルハルト・リヒター、ピピロッティ・リスト、ヴァージル・アブロー、ヒト・シュタイエル、石上純也ら多様なプレーヤーが参加し、一見すると気まぐれな落書きの集積に見えるこの遊戯は、普遍化されたデジタルコミュニケーションが支配する今日において、手書きという身体的実践を通して他者との親密なネットワークを築き上げる、均質化されないためのプラクティスといえる。
「優美な屍骸」では、他者が描いたパーツを物理的に見えないように折りたたみ、不完全な情報のまま線を接続していく。この構造論的な手つきによって引かれる線は、あらかじめ決定された点と点を効率的に結ぶのではなく、見えない他者の身振りに応答しながら予測不可能な方向へと進む手探りで生々しい軌跡となる。アンドレ・ブルトンはかつてこの遊戯的な制作過程を「previous collaboration or collaborations(以前のコラボレーション[共同作業])」★と称したように、意図的なコントロールを排して行なわれるこの共同作業は、合理的な因果関係を逸脱した線の交わりとして、生命の動きが絡み合う奇妙なもつれを可視化していく。
ここで興味深いのは、オブリストがこの遅延を伴うアナログなドローイング群を、2020年ごろのパンデミック下において、自身のInstagramへと日々投稿し続けた点にある。個人的な親密さと他者の線との予期せぬエラーからなるシュルレアリスティックなイメージを、アルゴリズムによって高速で消費されるタイムラインへと混入させることであえて脆弱なコミュニケーションを立ち上げるのである。
これらの実践の背景には、グローバル資本主義やレコメンド設計によって私たちの認識が単一の世界(One-World World)へと回収されていくことへの強い危機感が浮かび上がる。本書のなかでオブリストは、カリブ海のフランス領・マルティニーク出身の思想家であり、『カリブ海序説』(1981)をはじめクレオール理論を代表するエドゥアール・グリッサンの言説を引きながら、世界を均質化するグローバリゼーション(globalisation)に対し、差異を保持したまま関係性を構築する全世界性(globality)の重要性を提起している。
異なる人々が一枚の紙を囲み、言葉を用いずに引かれた線と線の間に生じる無数の差異を描き出すこと。それはあらゆる事象をひとつの価値観へと回収しようとする共通プラットフォームの論理に対し、決してひとつに還元されることのない無数の世界を、手書きの線によって地道に手繰り寄せる実践にほかならない。デジタルメディアの速度によって忘却されゆく身体そのものを紙にあらためて記述する本書は、均質化に抗うためのアナーキーな抵抗として位置づけられる。
★──同書籍より引用。訳は筆者によるもの。
鑑賞日:2026/03/25(水)
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