発行所:春風社
発行日:2025/11/27
公式サイト:http://www.shumpu.com/portfolio/1116/

日本の伝統的な短詩(短歌・俳句)が、国際的に認知されるようになって久しい。なかでも海外で詠まれた俳句は「国際俳句」あるいは──カタカナやローマ字で──「ハイク」「HAIKU」などと呼ばれ、国ないし地域ごとの実践についても一定の研究の蓄積がある。だが、これまでの研究にしばしば欠けていたのは、日本発の俳句が海外に移植される過程で、そこにいかなる積極的変容が生まれたかという視点ではなかったか。本書『ブラジル移民と五七五』は、いわゆる〈俳句〉対〈国際俳句〉のような通俗的な対立に陥ることなく、20世紀におけるブラジルのハイク・ハイカイ文化がいかなる展開を辿ったのかを具体的な場面に即して跡づける(以下、本書にならって後者の表記を「国際ハイク」に統一する)。

ブラジル国際ハイクの最大のキーパーソンが、おもに本書の前半で取り上げられる増田恆河(1911-2008)という人物である。1929年、増田は家族とともに18歳でブラジルに渡り、同地でホトトギス同人の佐藤念腹に師事する。その後は亡くなるまで俳人として活動し、1990年代には日本語歳時記『ブラジル俳句・季語集 自然諷詠』とポルトガル語歳時記『NATUREZA』を──80代半ばにして──著した。

本書ではこの二冊の歳時記をはじめ、1987年設立のグレミオ・ハイカイ・イペーを中心とする増田らの活動が包括的に論じられる。なかでも『NATUREZA』をめぐる議論は興味ぶかい。われわれが知る日本語の歳時記は、基本的に日本の四季や風土を前提につくられている。そうなると、これをそのまま異言語に翻訳したところで、肝心の諷詠の対象が存在しなかったり、かりに存在しても文化的な意味合いがまったく異なるといったことが生じてしまう。『NATUREZA』はこうした欠点を補うべく、ブラジルの気候風土に合致するかたちで編纂されたポルトガル語の歳時記である。本書第一部「ブラジル国際ハイクのトランスカルチュラルな展開」では、増田恆河を中心とするそうしたブラジル国際ハイクの歩みについて知ることができる。

本書中盤の第二部「俳諧からハイカイへ」では、やはり増田恆河が主導したグレミオ・ハイカイ・イペーという結社に光が当てられる。第一部の内容といくぶん重なるところもあるが、こちらではブラジル国際ハイクにおける連句会や結社活動などを通じて、ブラジルにおける日系社会の問題にも議論が広げられる。

本書後半の第三部「活動型文学の提案」では、連句に代表される「座の文学」が、いかにブラジルに「越境」したかが論じられる。この最後のパートは、それまでのブラジル国際ハイクの研究をふまえて、本書の立場がより鮮明に示されたものとなっている。そこで試みられるのは、「作品」──あるいはエクリチュール──を基本単位とする従来の文学研究を相対化し、連句をはじめとする「活動」に力点をおいた「活動型文学」の提案である。「座の文学」という言葉そのものは、戦後の山本健吉、尾形仂、大岡信らの議論を通じてつとに知られる。これに対し本書は、その前の第一部・第二部の議論をふまえつつ、ブラジル国際ハイクのなかに「座の文学」そのものが越境する契機を見いだそうとする。つまりブラジル国際俳句においては、その「思想」や「形式」のみならず、連句会をはじめとする「活動」の面においても、俳句が文化横断的に展開するさまを見て取ることができるということだ。

最後の「おわりに」で明かされるように、本書のもとになった博士論文は、もともと日本文学を専門とする著者が、なかば偶然の流れからブラジルに渡ったことから書きはじめられた。その意味では本書そのものが、異なる言語・文化・学問の「接触」から生まれ出たひとつの成果である。本書の最終章に掲げられた「境界を耕す」営みは、増田恆河を中心とするブラジル国際ハイクのみならず、本書の試みによってもすぐれて体現されている。

執筆日:2026/04/13(月)