
会期:2026/04/01~2026/04/30
会場:e-flux Film[オンライン上映]
公式サイト:https://www.e-flux.com/film/programs/6736187/kyoko-michishita
オンライン・プラットフォーム「e-flux Film」にて、道下匡子(1942-)による初期映像作品特集(「Staff Picks: Kyoko Michishita」)が配信された。戦中の樺太に生まれ、引揚げ後の北海道で育った道下匡子は、アメリカでフェミニズム・文化芸術を学び、第二波フェミニズムを日本に紹介した第一人者である。代表的な仕事として、グロリア・スタイネムやジョージア・オキーフらの著書翻訳や執筆のほかに、東京アメリカン・センターのスタッフとしてアメリカのコンテンポラリーカルチャーを包括的に紹介したことでも知られている。一方で、彼女のビデオ・アーティストとしての功績は、長らく公開が困難であったため影に潜んでいたが、近年の修復・アーカイブ公開を経て再評価が進んでいる。1970〜80年代におけるフェミニズム・ビデオ作家としての活動は、家父長制の周縁からウーマンリブの共闘を呼びかける野心的な実践群と言えるだろう。
道下が初めて制作したビデオ作品『日本の中で女であること:私の家族の中の解放(Being Women in Japan Series: Liberation Within My Family)』(1974)は、実姉の動脈瘤による脳手術を契機に、家族へのインタビューと私的な生活風景を起点として、家族制度における女性への抑圧的なジェンダーロールを解剖した映像作品である。特筆すべきは、撮影者であり、インタビュアーであり、同時に「家族の一員」でもあるという道下の多重的な立ち位置にある。きわめてセンセーショナルな内容のドキュメンタリーでありながら客観的な記録性から意図的に離れ、個人的な日常の政治性を描写にした本作は、親密圏の内部から社会問題へと接続するフェミニズム的視座を持っている★1。
対照的に、社会的に評価された男性文化人へのインタビューを試みた「Video Portraits – Men」シリーズは、一個人としての男性との対話を通じて、男性性の類型化を試みる。今回上映された詩人・谷川俊太郎との対話映像『Video Portraits – Men: Shuntarō Tanikawa』(1982)では、ビデオメディアにおける「撮る/撮られる」という関係性の主体を攪乱させながら、愛や人生という美しいテーゼの背後に潜む、特権的な社会的基盤を批評的に描き出している。
一方、1975年に16ミリフィルムで制作された『Cherry Blossoms』(1975)は、こうした私語りやドキュメンタリー的な手つきから大きく飛躍する。坂口安吾の小説『桜の森の満開の下』を起点としながらも、原作の物語性や人間関係は周到に排除され、画面を支配するのは執拗に反復される桜の幻想的なフッテージである。そこに一柳慧による電子音楽とパーカッションが重なることで、映像は幻惑的でポリフォニックなモンタージュへと変容する。
彼女の映像群に通底しているのは「女性のあり方」という男性的な啓蒙や家父長制、マジョリティの歴史記述によって構築された社会構造の解体である。彼女の数々の仕事のなかでもビデオ的実践において、ひとりの女性としてカメラを携え、自らの手つきを通して女性の当事者性を記録した功績は大きい。1970年代初頭にビデオコレクティブ「ビデオひろば」★2にも参加した道下は、マスメディアに対抗する手段としていち早くポータブル・ビデオという新たなメディアの眼差しを手にした。彼女にとってカメラとは、特権化されたステレオタイプな女性像を退け、日常に潜むジェンダーの非対称性を記録し、社会を再編するための個人的かつ政治的なツールであった。同世代のビデオ作家・久保田成子や出光真子とも重なるこうした実践は、女性像のステレオタイプからの解放と社会的尊厳の構築を追求したウーマン・リブ運動の重要な連帯であるといえる。
★1──同シリーズの2部目『海と生きる』(1974)では、彼女が引き揚げ後に暮らした北海道の小さな漁村(霧多布)を起点に、都市部とは異なる女性労働者の自立のあり方と、家父長制における役割を問い直している。
★2──1972年、マイケル・ゴールドバーグらの呼びかけで結成された実験映像コレクティブ。中谷芙二子、山口勝弘、小林はくどうらが参加し、のちに中谷によって設立された「ビデオギャラリーSCAN」などへと形を変えていくことで日本のビデオアートの重要な活動基盤となった。道下はここでビデオをフェミニズム的観点から捉え、社会の意識改革のためのツールへと接続させた。
https://artscape.jp/artword/6607/
鑑賞日:2026/04/02(木)