会期:2026/02/28~2026/03/28
会場:The Third Gallery Aya[大阪府]
公式サイト:https://thethirdgalleryaya.com/exhibitions/dr-2019/

常に成長し、資源の供給地や市場を求めて外部へ膨張し続けることを宿命づけられた近代資本主義。それを構造的に支える「鉄道」というインフラを用いて、同じく資本主義を象徴する「貨幣」の価値を破壊することは可能か。こうしたパラドキシカルな操作により、同一性に差異を与え直すことで、国家と個人のアイデンティティの関係、先住民や移民・難民の生が被る暴力的な変容、そして官僚的な記号化と管理というアーカイブがもつ権力性や暴力性をどう可視化できるか。これらの複層的な問いが、笠原恵実子の《DR 2019-》に連なる一連のシリーズの根底にある。

まずは、本展「DR 2019-」に至るまでの流れを辿っておこう。笠原がヨコハマトリエンナーレ2014で発表した「 OFFERING 」(2005-2014)は、世界85カ国で撮影したキリスト教会に設置された献金箱の写真をタイポロジカルに展示したものと、「お金を入れるための穴の開いた容れ物」に聖女の名前を冠して立体化した作品から構成される。ポスト状の大型の箱、スリットのある箱、彫像や装飾のついたもの、皿、かごなど形態ごとに分類された献金箱の写真では、西欧的価値観の土台をなすキリスト教が、植民地を支配する道具として非欧米圏に持ち込まれ、異なる気候風土や文化と融合した差異が、同質性のなかにせめぎ合う。

長期にわたるリサーチのなか、笠原の関心はキリスト教の布教と密接な結びつきをもつ植民地主義に向かい、「OFFERING」の発表後は、近代末期に最後に植民地化された旧満州国への関心から、中国東北部とロシア極東地方へリサーチに赴く★1。本展で展示された《DR 2019-》の起点となった《TSR 2014》は、ユーラシア大陸を横断するシベリア鉄道(Trans-Siberian Railway)の線路にさまざまな国の硬貨を置き、通過する列車に轢かせて変形させたものを収集するプロジェクトである。《TSR 2014》が「PARASOPHIA:京都国際現代芸術祭2015」で発表された後、同様の行為は、南満州鉄道(Chinese Eastern Railway)で行なった《CER 2015》、アメリカ合衆国を横断する大陸横断鉄道(Trans-Continental Railroad)で行なった《TCR 2018》と継続された★2。そして、《DR 2019-》は、戦後、旧東ドイツが管轄したドイツ国営鉄道(Deutsche Reichsbahn)の線路で潰した硬貨が展示された。この鉄道はナチスドイツ時代にユダヤ人を絶滅収容所へ送る際にも使われていたものである。タイトルは各作品とも、鉄道名のアルファベット略称と制作年を冠している。


[© Kiyotoshi Takashima]

展示ケース内には、さまざまな破壊と変容の痕跡を宿した世界各国の硬貨が収められている。まだ形を保っているもの、溶けたようにグニャリと変形したもの、ポテトチップスのように反り返ったもの、表面が潰れて判別不可能なものもある。まだ判読可能な紋章の刻印から、「鎌と槌(ハンマー)」はソ連の硬貨、「七枝の燭台」はイスラエルの硬貨だとわかるものもある。「硬貨を轢いた場所」のロケーションコードと、「どこの国の硬貨か」を示す国名コードは、それぞれアルファベットの略称で示され、硬貨の配置に対応したグリッド状の表に記載されている(例えば、「G9-CN」は、ドイツ国内の線路で中華人民共和国の硬貨を轢いたことを示す)。


[© Kiyotoshi Takashima]

笠原の作品は、「貨幣」という大量生産品かつ同一性を強固に担保されたものに、唯一無二の個別性を与え直すと同時に、価値を破壊し、使用不可能にしてしまう。貨幣すなわち金融インフラを大量に流通する存在の価値を破壊するために、大量の物資や労働力を流通可能にする鉄道という手段を用いる、大いなる矛盾。経済や軍事と密接に結びつき、近代植民地主義を象徴する「帝国の大動脈」である鉄道によって、貨幣の交換価値そのものを無効化すること。

金属を鋳造し、耐久性を是とする硬貨をひしゃげて潰してしまうほど、列車の車輪と線路のレールが接触する際には強い圧力がかかる。あるいは、プレス加工された硬貨に、車輪とレールの接触圧力というもうひとつの強力なプレスを加えて無残に変形させること。ここには、近代、国家と個人のアイデンティティ、同質性と差異をめぐって多方向のベクトルをもち、互いに矛盾さえする複数のメタファーを読み込むことができる。「帝国の大動脈」としての鉄道が、物流拠点を築きながら、鉄道敷設用地に元々住んでいた住民や先住民の生活や文化を破壊する力のメタファーであること。国家元首の肖像や国を象徴する紋章を刻印され、「国家」のアイデンティティの強力な可視化や国民の同質性の象徴として硬貨がもつ作用をねじまげ、唯一無二の個別性を与え直すこと。国民国家によって鋳造されたアイデンティティの同質性を再び鋳造し直し、変形させてしまうこと。さらに、各国から持ち込まれた「外国の硬貨」を列車に轢かせて圧し潰す行為は、国境を越える移動を余儀なくされ、安価な労働力として搾取される移民や難民の生が被る暴力的な作用やアイデンティティの変容をも指し示す。


笠原恵実子《DR 2019-》(部分)

これらの圧し潰された硬貨は、展示ケースに等間隔で並べられると同時に、「硬貨を轢いた場所」と「硬貨の国名」を示す2つのコードがグリッド状の表に記載される。この記号的な手続きは、国境を越えて移動した個人の生を、出生地(硬貨の国名)と死亡地(線路で轢かれた場所)という2つの場所の記号に還元し、徹底して官僚的に登録するシステムのメタファーでもある。それはまた、収集と分類、記号化と管理というアーカイブのもつ権力性や暴力性の可視化でもある。


[筆者撮影]

上述の「OFFERING」における写真のタイポロジカルな提示を通した「分類と再秩序化」という行為は、同様に、《 Manus-Cure 》(1998)において顕著である。《Manus-Cure》は、1050色のマニキュアを、色の名前をアルファベット順に並べ替えてカラーチャートにした作品だ。「色ごとの分類」が「アルファベット順」という別の秩序へ再編されるとともに、名前が含意するセクシュアリティや「色名」自体が孕むジェンダー観が読み取れる。《DR 2019-》もまた、ロケーションコードの数字の順に並べられ、現実の国境や地理的類縁性を無視した別の秩序に再編する手続きが採られている。そして、ケースに収納された硬貨は、交換可能な等価性を剥奪され、一つひとつが個別的で交換不可能な として差異を宿している。同質性の破壊、コード化とグリッドという再秩序化を経て、そこからなおもはみ出す逸脱という、何重にも引き裂かれた矛盾をこそ眼差すよう、笠原の作品は見る者に呼びかける。それは、近代以降の世界が抱えた構造的な矛盾を抽象化して捉えるための、世界の見取り図のひとつでもある。

★1──笠原恵実子 インタビュー「真空に詰まった軽やかな塊」(『ART iT』2015年4月14日公開)https://www.art-it.asia/u/admin_ed_feature/AvBjN4eqgxUt6FrwaldM/
★2──「彫刻とジェンダー、美大の状況。 アーティスト・笠原恵実子インタビュー シリーズ:ジェンダーフリーは可能か?(6)」(『美術手帖』2019年7月25日公開) https://bijutsutecho.com/magazine/series/s21/20148?page=2

鑑賞日:2026/03/27(金)