東日本大震災の大津波のあとに築かれた巨大な防潮堤をめぐっては、笹岡啓子、小野規、志賀理江子など、さまざまな写真家がテーマとして取り上げている。津波の被害が大きかった石巻市の雄勝では、防潮堤自体に壁画を描いた「海岸線の美術館」がつくられているという。太田市美術館・図書館の矢ヶ﨑結花氏にレポートしていただいた。(artscape編集部)
「海岸線の美術館」
2026年3月11日。東日本大震災から15年が経った。筆者はこの大震災の当時、長野県にある諏訪市美術館に勤務して1年目の終わりであり、14時46分のその時には館外で会議に出席していた。諏訪市はそれほど大きな揺れではなかったが、開館日であったため、お客様や職員の状況、そして1943(昭和18)年に建設された美術館の状態が気がかりだった。もちろん会議は途中で打ち切りになり、速やかに美術館へ戻った。留守を守ってくれていた職員がお客様の避難を済ませ、その後は臨時休館となったと思う。館はほぼ損傷がなく、その旨館長が報告を上げていたが、緊急用のテレビには想像を絶する津波の様子が映し出され、筆者は呆然としながらただそれを見ていた。あれから15年が経った。
筆者は2026年3月22日に宮城県石巻市を訪れた。目的は「海岸線の美術館」を見ること。海岸線の美術館とは、石巻市雄勝地区にある壁画プロジェクトだ。
山側の道路から名振湾方面を望む。入り組んだ海岸線の風景[筆者撮影]
雄勝地区は石巻市の北東部、海岸沿いに位置し、かつては独立した自治体「雄勝町」であったが、2005年に石巻市と合併して今に至る。雄勝地区を車で走ると、山と海の双方を眺められる景色が目に美しい。山では「雄勝石」と呼ばれる石が豊富に採掘され、それは良質な建材(スレート)として東京駅舎の屋根に使われたり、「雄勝硯」という名で書画文化を支えたりもしてきた。一方、雄勝湾と名振湾は地域の漁港として多くの海の幸をもたらし、人々の生業の場となっている。しかし海を湛える自然豊かな立地ゆえに、15年前の大震災当時は甚大な被害に遭った。道中では「過去の津波最高到達地点」という道路標識がたびたび目に入り、失われた命のための慰霊碑も整備されてあった。
海岸線には見上げる高さの防潮堤が立っている。防潮堤は2016年に宮城県、石巻市により着工され、長期間にわたる大規模な工事を経て完成した★1。白くそびえる壁はその先の海とこちら側の人々の生活を分かつ存在だ。そんな防潮堤にいくつもの巨大な絵が描かれている。これが海岸線の美術館だ。
海岸線の美術館は、人々の命を守るための防潮堤という建築により地域の様相が変わってしまったことを危惧し、何かできないかと、建築意匠設計を大学で学び、マーケティング、PR等のノウハウを持つ髙橋窓太郎氏が始めたプロジェクト。最初に安井鷹之介氏がアーティストとして参入し、以後、岩村寛人氏、多田恋一朗氏、米澤柊氏、布施琳太郎氏らが参加し、事業が拡大している 。行政が主導するアート・プロジェクトや芸術祭はいまや多く見られる。しかし、本プロジェクトは髙橋氏が一から立ち上げ、クラウドファンディングやビジネスアワードでの受賞、助成金などの資金調達により、アーティストや地元の方々、行政とコミュニケーションを取りながら事業を継続させているプロジェクトである。海岸線に延びる防潮堤に作品を増やし、それと同時に地域に滞在したくなるような仕掛けをつくって持続可能な運営の形を模索している、稀なアート・プロジェクトなのではないか★2。
さて、海岸線の美術館のwebサイトではこれまでに制作された壁画No.1〜8が紹介されているが、今回はまだそこにあがっていない2点を含めて計10点の作品を眺めることができた★3。No.1〜8の作品には作者やタイトル、作品の解説が掲載されたキャプションも付近に設置されており、作品がどのような経緯で制作されたのかも知ることができる。
安井鷹之介《GOLDEN TWILIGHT|黎明》(2023)[筆者撮影]
最初に見たのは安井鷹之介氏(1993-)による《THEORIA|テオリア》(2022)、《A FISHERMAN|漁師》(2022)、《GOLDEN TWILIGHT|黎明》(2023)、《The Opening|岩戸開》(2024)。どの作品も防潮堤の天辺から地面までの高さ7.5m目一杯に描かれており、安井氏がこの地に滞在し、自身で見て感じたことと、地元の方々との会話から見出されたこの地の生活、文化、歴史が織り交ぜられてかたちづくられている。《The Opening|岩戸開》以外は海が描かれていることから、隔てられてしまった海へ続く窓のようにも見ることができる。
次に見たのは、岩村寛人氏(1985-)の《Littoral Fluctuation|汀線のゆらぎ》(2025)。最初に見た4点から少し北東に行くと「道の駅 硯上の里 おがつ」があり、それを過ぎたところのなだらかな斜面に描かれている。遠くから見ると色彩とそのグラデーションが美しい。背景の森と空の色彩が季節や時間によって変わることを思うと、何度も訪れたくなる。解説を読むと、「風景とは本来、揺らぎの中に成立するものであり、人の暮らしもまたその揺らぎに寄り添って営まれてきた」★4と記載されている。しかし災害を機に建設された壁によって揺らぎのある風景が消失した。そこに「かつてあった揺らぎの風景を重ね合わせるように描かれている」★5とある。鳴り砂に関心を持ち、砂を素材に長年制作してきた作者は、コンクリートの壁面に揺らぎを感じさせる砂場を生み出していた。
岩村寛人《Littoral Fluctuation|汀線のゆらぎ》(2025)[筆者撮影]
コミュニケーションが発生する壁
その後、山を越えて名振地区にある安井鷹之介氏による《BIG CATCH|名振のおめつき》(2023)を見た。本作はこの地に伝統的に続く火伏せの祭り「おめつき」を描いたものだ。地域住民のおひとりに、津波から生き残った3本の松の背景となる防潮堤に「おめつき」の絵を描くことを提案されたという★6。震災直後、雄勝地区の人口は「4,300人から1,200人に減った」★7と報じられ、人口減少に歯止めはかかっていない★8。人手不足により祭りの開催も困難になっているといい、こうした無形文化財も壁画は語り継いでいく。
安井鷹之介《BIG CATCH|名振のおめつき》(2023)壁の前には津波に流されなかった3本の松が立ち並ぶ[筆者撮影]
本作のお披露目の際には、多くの住民が集まり、作品を囲んで会話が交わされたようだ★9。筆者はこの壁画の後、同じく安井鷹之介氏の作品《Okubi-e|大首絵》(2024)に到着した際、偶然にも同様に壁画を見て回っている方と一緒になった。「壁画を見ているんですか?」と尋ねられ、10分程度だろうか、作品を前にして立ち話をした。その方は仙台在住だというが、昔からこの雄勝の風景が好きで写真を撮っているのだそうだ。この「おめつき」の祭りも見に来たことがあり、ベテランの氏子と若い氏子の立ち居振る舞いなどが実際の祭りの雰囲気をよく捉えていて感銘を受けたと語ってくれた。壁画は記憶を喚起し、知らない人同士でも会話を誘発させる装置となっていた。
多田恋一朗、米澤柊《We saw mermaids.|人魚を見た》(2025) この壁画の向かい側には子どもたちが遊ぶ公園がある[筆者撮影]
最後に見たのが多田恋一朗氏(1992-)と米澤柊氏(1999-)の《We saw mermaids.|人魚を見た》(2025)だ。実は筆者は当初、この作品がどこにあるのかわからず困っていたが、先ほど壁画の前で会話を交わした際に場所を教えていただき、無事に見ることができた。本作は最も内陸側にある作品で、作品の向かい側には公園があり、子どもたちが滑り台で遊んでいた。水中に二人の人魚が並び、まるで公園で遊ぶ子どもたちを見守るようにこちらを見ている。その周りには魚や雄勝の特産物であるホヤが描き込まれており、さらに近くで見ると、クラゲや貝、小魚がスタンプで押されたような表現も見て取れる。解説には地元住民の方々の熱量が作品に大きく影響したと書かれていた。小さな魚たちを見ているうちに、地元の方々の手が感じられるような気がした。
おわりに──防潮堤という支持体
筆者は今回の雄勝地区訪問で初めて防潮堤を見た。その後、本稿を執筆するにあたり、防潮堤については多くの議論があったことが新聞記事で確認できた★10。漁業がさかんで海とともにあるこの地域にとって、津波から生活を守るのと同じくらい、地域から海を眺めるこの景観はかけがえのないものとして捉えられている。また、その美しい景観は人々を呼び寄せる契機にもなる。観光資源としてのこの景観は、地域の復興にも大きく寄与する、という考え方だ。「安全安心」とはよく聞く言葉で、物事の優先順位の頂点に位置する。しかし、未曾有の災害後の復興において、安全安心の裏で失わざるを得ないものもある。幼い頃から見てきた故郷の風景が、「安全安心なまちづくり」のために変質すること。受け入れざるを得ないこの状況を前に、住民の方々がどれだけ苦悩されたか。長期間にわたる大規模な工事を経てできあがった巨大な防潮堤に描かれたものは、人々の記憶(過去)であり未来のように見えた。その意味で、この壁画はコミュニケーションを生む装置でもあることは上記で述べたとおりである。思えば壁画はその大きさゆえに、通常の絵画よりもより多くの人々と同時に作品体験を共有することができる★11。
その一方で、筆者がそうしたように通常の美術館と同様、作品をひとりでじっくりと眺め、見つめることももちろん可能だ。安井氏の風景、伝統文化をモチーフとした作品は、近くで見ると筆(刷毛)の動きがわかるような筆触と多様な色の塗り重ねが見て取れた。対照的に、岩村氏の抽象的な壁画は四角形の紙吹雪のような色面で構成されていて、遠近両方で見ると見た目が大きく変わって面白い。多田氏と米澤氏の作品も、近くで見ると多くの発見があることは前述のとおりである。巨大建築物への描画は、その規模とコストから印刷物やカッティングシートなどによる表現が取られることもあるが、本作はすべて手描きである。まだwebサイトで紹介されていない2点の壁画も、雄勝の風景と見る人それぞれのいつかの記憶が不思議と結びつき、すぅっと奥へ入り込めるような作品だった。アーティストによって異なるアプローチで、防潮堤という巨大で、不動で、地域や地域の人々と共にある支持体に向き合っている。ぜひ現地に行って、壁面を遠くから、近くから、周囲の自然と共にじっくりと見つめ、多くのことを受け取ってみてほしい。
★1──「雄勝の防潮堤着工へ 県『今秋にも』住民に /宮城県」(『朝日新聞』朝刊、2016年4月21日)
★2──経緯の詳細は公式サイトに掲載。https://kaigansennobijutsukan.com/about
★3──Webサイトでの壁画紹介では、雄勝小・中学校の壁面等に制作された壁画も紹介されているが、学校施設であるため今回は見ることができなかった。
★4── 岩村寛人《Littoral Fluctuation|汀線のゆらぎ》解説より。
★5──同上。
★6──安井鷹之介《BIG CATCH|名振のおめつき》解説より。
★7──「人口流出、縮む町 東日本大震災6カ月特集 人々・地域」(『朝日新聞』朝刊、2011年9月9日)
★8──石巻市「住民基本台帳による男女別人口及び世帯数の推移」本表「(2)内訳」における「雄勝総合支所」参照。https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10181000/0040/3914/20130301161659.html(2026年4月6日ダウンロード)
★9──「【壁画】200年以上の歴史!防潮堤に蘇った雄勝町の“火伏せの祭り”地域の交流を生むアート」(ミヤギテレビ『ミヤギnews every.』2023年11月1日)https://youtu.be/TCrRCB5uf5Y?si=83wPZWoPwifoxd_o
★10──「特集ワイド:東日本大震災 巨大防潮堤、被災地に続々計画 本音は『反対』だが…復興が『人質』に 口閉ざす住民」(『毎日新聞』東京版夕刊、2013年2月6日)、「石巻市、防潮堤引き下げ否定 雄勝町中心部説明会/宮城」(『朝日新聞』朝刊、2015年3月2日)など、防潮堤の高さに関する行政と住民とのやりとりの報道は数多く見られた。意思決定の方法に関しては議論の長期化により復興が遅れる等、苦渋の決断があっただろうことも推察された。
★11──この意味で、多くはパブリック・アートの文脈で語られてきた。歴史的には建築内の壁画と、20世紀以降のメキシコやアメリカの壁画運動が挙げられる。近年出版された壁画に関する文献としては、フィラデルフィアの壁画運動を主軸に社会と壁画との関係を論じた、安井倫子『分断に抗う壁画:アートが育てるアメリカのコミュニティ』(明石書店、2024)がある。公共政策と民衆芸術の双方から語られる壁画の文脈と、この「海岸線の美術館」がどのように関わるのか、あるいは関わらないのかは今後検討していきたい。
海岸線の美術館
住所:宮城県石巻市雄勝町上雄勝2丁目22
公式サイト:https://kaigansennobijutsukan.com/
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