発行日:2019/03/20(原著:2014)
発行所:亜紀書房
翻訳:古屋美登里
監修:奥野克巳
公式サイト:https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=889

世界一の大富豪ロックフェラー一族の四男マイケルは、その美術品コレクションにプリミティブ・アートを加えた父ネルソンの影響から、世界各地を訪ねながら“美術品”を仕入れていた。1961年、ニューギニア島の西部(当時のオランダ領ニューギニア、現在のインドネシア・パプア州)を訪れることにした彼は、湿地帯のアスマットで、首狩りと人肉食(カニバリズム)を続け、精霊と共に生きる人々と出会う。人々が神聖視してきた祭礼の道具や構築物を買い取るマイケルだったが、何度目かの取引の際“美術品”を運ぶ船が転覆してしまう。同乗者を船に残し、マイケルは助けを呼ぶべく海へ泳ぎ出た。そして──。

ノンフィクションである本書の中心にあるのはこのような出来事である。本書では1961年の転覆と遠泳をマイケルの視点からまず描く。そして次の章で、そのマイケルを対岸から見つめるアスマットの戦士の視点に切り替わると、マイケルが首を狩られ、食されるまでが壮絶な筆致で描かれる。そして、著者カール・ホフマンのアスマットでの初めての調査の様子が語られ始める。以降、本書は2010年代のホフマンの調査と、1950〜60年代のマイケル、そしてアスマットの人びとという三つの視点を、膨大な脚注に支えられた過去の描写を通じて行き来する。

調査の結果明らかになったことと、調査の過程をパラレルに書くスタイルはこうした文化人類学的なノンフィクションのひとつの型だろう。しかし、本書の特異な点は、ホフマンが出来事の詳細をすでに知っている状態から書かれる点にある。帯には奥野克巳の解説から引かれた「この時点で、マイケルが『いかに』殺され、食べられたのかは、一連の調査や文献からすでにはっきりしていたのである。/著者ホフマンにとってどうしても解せなかったのは、『なぜ』マイケルが殺され、食べられなければならなかったのかということだった」という文章が載っており、本書の論点があらかじめ示されてもいる。

ホフマンは現地に入る以前の文献調査の段階で、事件の発生から長年公表されることのなかったオランダ人宣教師たち──アスマット語を話す──や、宣教師会の行なった調査報告に触れており、「いかに」の部分はすでに謎ではなくなっている。それでもホフマンが現地にやってきたのは「なぜ」を追うためである。不完全な通訳を介したぎこちないものではあるものの、ホフマンは現在のアスマットに生きる人々から、自分の親や祖父母の世代に起きていた出来事、すなわちマイケルの失踪に前後する時期の出来事を彼らから聞くことになった。そして「マイケル・ロックフェラーの謎を取り巻く出来事を繋ぐふたつ目の話が、埃だらけのオランダの公文書にあったタイプライターで打たれたページでしかなかった話が、生き生きと動き始めた」(p.106)。

この「なぜ」を追う調査の旅が、かつてのマイケルの旅や、アスマットの人々の移動とパラレルに記されているのだ。

ホフマンは当時23歳だったマイケルの探検や収集への熱意に一定の共感を示しながらも、「ビス柱を買うことは、村人たちの魂、人を病気にし、殺すこともあり得る精霊を買うことだということを、マイケルはまったくわかっていなかった。(中略)もしマイケルがそれほど金を持っていなかったら、おそらく彼はもっと時間をかけて行動し、村にもっと長く滞在し、交渉したり、関係を深めたり、知り合おうと努力したりしただろう」(pp.159-160)と、文化人類学的な倫理に基づく批判を差し込む。同様の批判は、各地の“美術品”を収集してきた西洋人や、西洋の論理で植民地を支配してきた人々、そしてマイケルの失踪調査のときですらアスマットに足を踏み入れなかったネルソンらに向けられる。自分たちとはまったく異なる世界観で生きる人々がいて、“美術品”にもまったく異なる意味があることを、こちらから眺めるだけではわかりえない世界があるのだと、考えようともしなかった者に向けて……。

マイケルの失踪は彼の“美術品”収集に直接由来するものではないが、アスマットに現われた西洋人の収奪や搾取、虐殺に関係していることが、1950〜60年代の描写で徐々に明かされていく。並行して、ホフマンは「なぜ」に迫るべく、過去のほとんど西洋人の誰もがしてこなかった、アスマットの人々、彼らの側から事件を眺めることを試みる。しかし、ホフマンは人々の語りが時に異なっていることや、そもそも口をつぐまれてしまうこと、嘘の物証を提示されるといった困難に行き当たり、アメリカへ一旦帰国する。

中盤までに明らかになる「いかに」や「なぜ」は、並みのドキュメンタリーならば、すべて語り終えたということになってしまうだろう充実の内容である。しかし、ホフマンはまだ食い下がる。わかったのは事実関係を整理した「なぜ」に過ぎず、アスマットの人々にとっての「なぜ」──根底にある思考原理、人々の生きる世界観──がまだわかっていない。

本書の終盤は、現在のアスマットで公用語となっているインドネシア語を習得したホフマンが、通訳なしで1カ月間の共同生活を送る様子に集約されていく。ようやく聞けた話があれば、それでも聞けない話や見えないものがある。だがホフマンは、口をつぐまれることも含め、自身が立ち会うすべてを揺るがない事実として捉えるようになっている。語らないという態度もまた、ある語りとして機能しているということの発見で、ある語りがほかの語りにも通じる原理を示していることもある。ホフマンはそこに居ることを通じてアスマットの人々にとっての「なぜ」を見立てていくが、その見立てもまた彼らの側からの眺めそのものではないことを、ホフマンも私たち読者もやがて知ることになるのであった。

そちらの側から眺めることが叶わないからこそ、せめて私たちは他者の話を聞く。そのためにその土地を訪ねる。それでも行き当たる、他者であることの限界が本書には記されている。一方で、その限界を記すことはできるのだ、ということもまた。


読了日:2026/06/04(木)