2020年10月に東京・竹橋から石川県金沢市へと移転開館した国立工芸館。この際に大きく変わったもののひとつが、工芸・デザインにまつわる資料を扱う専門図書館、アートライブラリだ。同館の情報資料室の司書/研究員の廣川晶子氏に、知る人ぞ知る存在だった移転前の同施設の様子や、リニューアル後の変化についてご執筆いただいた。(artscape編集部)

来館者の誰もが意識する存在として

ガラス張りのエントランスに入る。目の前に鎮座している巨大なモニュメントに圧倒されつつ左へ歩を進めると、右手に控えているのが2020年10月に名前も新たにリニューアルオープンした国立工芸館アートライブラリである。展覧会を観に来た人が最初に目にするのは展示室ではなくライブラリなのだ。そして展覧会から帰る際に、最後に目にするのももちろんライブラリだ。いまの国立工芸館はライブラリに始まり、ライブラリに終わる。来館者誰もがライブラリの存在を意識する構造となっている。

[撮影:太田拓実]

ライブラリのある美術館や博物館は少なくないが、これまで展覧会を観に来た人のなかで、ライブラリまで足を運んだことのある人はどれほどいるだろう。展示会場から少し離れたところに位置しており、意識しないとつい通り過ぎてしまいがちなため、存在自体、気が付いていない人が大半なのではないだろうか。そもそも美術館は展覧会を観に行く場所で、本を読みに行く場所ではないという前提が存在しており、展覧会→ライブラリという流れもなかなか思いつかないかもしれない。

 

東京・竹橋時代の「プレハブ小屋」から

それは、国立工芸館のライブラリも同様だった。竹橋のライブラリ(その頃は閲覧室と呼ばれていた)は、工芸・デザインに関する資料を扱う専門図書館として2002年に開室したが、工芸館の真裏に位置しており、利用するには建物を一度出なければならないうえに、その部屋へ続く扉も展示室へ向かう階段の後ろに隠れてしまっていたため、かなり見つけづらい場所にあった。しかも6畳ひと間のプレハブ小屋。まさかここで本が読めるなんて誰も思わないだろう。閲覧室と認めた途端、皆一様に驚きの表情を浮かべていた。

左奥の小屋が竹橋時代の閲覧室[筆者撮影]

主な利用者は学生や研究者、ギャラリー関係者で、そのほとんどがライブラリを利用する研究目的で工芸館に来ていた。もちろん、展覧会目的の人の利用がないことはなかったが、圧倒的に研究目的でライブラリを利用する人が多かった。

所蔵している資料を研究に役立てることは専門図書館として意義のあることだったが、一方で「美術館の中にある」ということは、展覧会の延長線上にライブラリを位置付けて考えるべきであり、展覧会目的の人をいかにライブラリへつなげるかは課題のひとつとなっていた。

竹橋時代の閲覧室内部の様子[筆者撮影]

そんななか持ち上がったのが石川への移転話だ。移転先には建物が用意されていて、ライブラリの場所もあるという。しかもちゃんと建物の中に。さらに設計図を見たら、エントランスに一番近い場所がライブラリに充てられ、竹橋のライブラリの4倍ほどの広さがあった。

はたして完成したライブラリは、ガラス張りの解放感溢れる空間となっていた。窓を覗けば裏庭に展示している《果樹園─果実の中の木もれ陽、木もれ陽の中の果実》(橋本真之作/1978-88)を眺めることができ、いま自分が美術館の中にいるということが実感できる。まさに、美術と本を同時に味わうことのできる贅沢なライブラリだ。

[撮影:エス・アンド・ティ フォト]

そしてライブラリの顔とも言えるのが、通路側に設けられている本棚である。ここには、おすすめの参考図書や普段見ることのできない貴重書などが配架している。来館者が必ず通る場所なので、視界に入った瞬間に足を止めてもらえるようなものを意識して置くようにしている。一度足を止めた人は、展覧会の帰りにライブラリへ立ち寄ってくれる算段だ。

[撮影:野村知也]

+αの鑑賞体験/研究目的の利用者との共存

オープン時はコロナ禍真っただ中だったため、臨時休館や利用制限を設けざるを得なかったにもかかわらず、多くの人がライブラリに立ち寄ってくれた。初年度の利用者は800人を優に超え、竹橋時代の4倍以上の数となった。しかも、利用者のほとんどが展覧会終わりにライブラリへ立ち寄るかたちでの利用となっており、竹橋時代の利用者と明らかにタイプが変わったことがわかる。この特徴を一番如実に示したのが、「ポケモン×工芸展─美とわざの大発見─」である。この展覧会の会期だけで、1,000人以上もの人がライブラリを利用したのだが、そのほとんどが展覧会の参考図書を目的とした利用だった。

[撮影:若井寛]

竹橋時代から、展覧会ごとに展覧会のテーマに合わせた参考図書を20~30冊ほど選定してライブラリ内で閲覧できるようにしてきた。参考図書リストも作成して会場に配布していたので、リストを片手にライブラリを訪れてくれる人もいた。微力ながら展覧会目的の人をライブラリに呼び込むことはできていたのだが、ポケモン×工芸展のときの利用者は、この参考図書に釣られる人が圧倒的に多かった。例のガラス壁の本棚に置かれていた参考図書や展覧会の公式図録を見つけた子どもたちが親の手を引きライブラリへ入って来て、ページをめくりながら会場にあったポケモンのおさらいをしている姿を頻繁に見かけた。展覧会とライブラリがつながった瞬間である。展示を観て完了ではなく、そこに+αの鑑賞としてライブラリへ続く流れが自然に出来上がっていた。石川移転によって新しい利用者層を獲得できたと言えるだろう。この流れを一時的なものにせず、定着させるべく工夫を凝らしていきたい。

[撮影:野村知也]

一方で影を潜めてしまったのが研究目的の利用である。竹橋時代は、専門図書館としての存在がある程度知られていたため、工芸館の資料を求める利用者が繰り返し通って来ていた。しかし移転後のライブラリは、前述したようにコロナ禍のため資料の利用が制限されていたこともあり、専門図書館としての存在を積極的に知ってもらうことができなかった。さらに、展覧会目的の利用者で賑わっている状況は、研究目的の人たちからすれば落ち着いて長時間利用するには向かないと判断されてしまうこともあるだろう。しかし、本来は研究に資するための資料である。ぜひ、ライブラリが所蔵している貴重な資料をそれぞれの研究に生かしてもらいたい。一度利用してもらえれば、専門図書館としての利用価値を実感してもらえるはずだ。

展覧会目的の人たちと研究目的の人たちの利用をいかに両立させるかは今後の国立工芸館アートライブラリの新たな課題である。

 

より多くの人と出会えるライブラリへ

最後に、現在の国立工芸館アートライブラリの所蔵資料について簡単に紹介したい。国立工芸館アートライブラリでは、工芸やデザインに関する専門書やカタログ・作品集など約35,000冊、美術雑誌を約5,000タイトル所蔵している。資料は出版社や美術館、作家や収集家からの寄贈によるところが大きい。ライブラリに配架できているのは、そのうちのほんの一部で、竹橋時代は、工芸館で行なったすべての展覧会カタログと開催中の展覧会の参考図書100冊ほどしか配架できなかったが、新しいライブラリではそれらに加えて、各ジャンルの工芸に関する専門書や展覧会カタログ、子ども向けの本や外国人向けの本など3,000冊以上が配架している。特に、日本全国で開催中の展覧会カタログをまとめて見ることができるのは、国立館ならではの強みかもしれない。もちろん、閉架書庫に保管している資料も閲覧可能だ。検索システムを使えばいつでも希望の資料を探すことができるのでぜひ一度試してみてほしい。また、館内限定利用だが、国内外の電子ジャーナルも利用可能なので、工芸について学んでいる学生や研究者の方々にも学びの場として利用してもらえたら何よりだ。

[撮影:若井寛]

★──東京国立近代美術館のリニューアルに伴うアートライブラリの開室に合わせて、分館である工芸館もそのタイミングで一般公開が開始された。

国立工芸館アートライブラリ:https://www.momat.go.jp/craft-museum/library
国立工芸館アートライブラリ 蔵書検索(OPAC):https://ncm-opac.momat.go.jp/opac/opac_search/