
発行日:2026/08/26
発行:東京大学出版会
発行元ウェブサイト:https://www.utp.or.jp/book/b10170978.html
イメージにまつわる理論的言説は数多い。そもそも視覚表象を生み出す制作手法はさまざまだし、心に浮かぶ像を指してイメージという言葉が使われたりもする。それゆえ、これについて考えるアプローチも多様な実践が積み重ねられてきた。
『イメージ論の冒険者たち』は「美学芸術学や美術史、写真/映像論、人類学」★といった専門領域において、イメージを論じ成果を上げてきた海外の主要な論者24名について概説された書物である。掲載順は歴史的な通時性を意識しつつも、各部は時代や主題のグラデーションによって編まれている。このことは結果的に、社会やメディアが変化するなかで、同時多発的かつある種の必然をもって方法論が更新されてきたことを窺わせる。しかし同書で飛び交うテクニカルタームは先に挙げた研究領域に加え、哲学・思想領域も含み多岐にわたる。そこで、ここでは美術史、写真/映像論の論者に絞って簡単な系列化を示し、読者の助けとしたい。
まず美術史の方から整理しよう。例えば第Ⅰ部(「イメージ論の根源」)のエルンスト・ゴンブリッチ、第Ⅱ部(「イメージ論の展開」)のジョン・バージャーの両者の間にある隔たりは、そのまま美術史とニュー・アート・ヒストリーの違いとして理解できるものだ。ゴンブリッチは心理学と歴史学をベースにした様式論とイコノロジーの批判的活用をもとに美術史を体系的に論じた人物である。だが彼は戯画や非欧米圏の美術といった当時対象とされていなかった領域に対する知識は持っていたものの、美術史の枠組みを大きく拡張することはなかった。そうした限界を1970年代に突破した代表格として、バージャーは位置づけられる。細部のクローズアップなどによって本来の意味から分離された絵画や、それらと並置されたりする広告の分析によってそれまでの美術史のアプローチを一新した。こうしたアプローチの多様化は第Ⅲ部(「人類学との交錯」)におけるハンス・ベルティンクの人類学、第Ⅳ部(「美術史の更新」)におけるリンダ・ノックリンのフェミニズムの援用にも見ることができるだろう。
写真論/映像論についても第Ⅰ部で取り上げられるロラン・バルトよりも後代の理論家たちは、よりネットワーク化された表象として写真を取り扱っていることは明らかだ。記号論の影響を受けたバルトの写真論は、ある種の情報として了解できる「ストゥディウム」と、形容しがたい──私を突き刺す細部としての──「プンクトゥム」の二分法が知られている。こうしたイメージとしての写真をめぐる思索をより総合的に考察したスーザン・ソンタグが第Ⅱ部には置かれている。そして複製技術の進歩は、写真をあらゆるメディア画像の一種として取り扱う必要性を要請した。それに応じるかのように第Ⅲ部のW・J・T・ミッチェルはそれを「画像的転回」として論じ、第Ⅴ部(「イメージの洪水に抗して」)のレフ・マノヴィッチはコンピュータへと集約されていくメディア環境を、ニューメディア論として理論化した。
きわめて粗雑な概略ではあるが、19世紀末から現在活躍中の論者を取り上げているため、通読するとイメージをめぐる議論が、その100年以上の時間経過のなかで政治、社会、技術などいくつもの文脈に接続されながら、アップデートされてきたことがわかるだろう。
しかしこうした縦軸と同時に、横軸での共時的断面が浮かび上がってくるのも興味深い。各部に付けられたタイトルはそうした共通する側面を物語っている。これについては「はじめに」で編者のひとりである佐藤守弘も書いているが、第Ⅰ部では先駆者たちが後のイメージ論、視覚文化論の可能性を示し、第Ⅱ部では20世紀後半のメディア社会のなかでどのような実践が行なわれていたか、ないしはモダニズムの乗り越えについてが主題化される。第Ⅲ部と第Ⅳ部では人類学やフェミニズム、メディア考古学といったイメージ論のさまざまなアプローチを知ることができる。第Ⅴ部は写真や映画、ニューメディアなど各人が主要な言及対象とするメディアも多様化している。
(後編へ)※2026年10月2日公開予定
★──佐藤守弘「はじめに」(前川修、佐藤守弘、増田展大『イメージ論の冒険者たち』東京大学出版会、2026、p.2)
執筆日:2026/08/31(月)