
発行年:2026
発行:ビー・エヌ・エヌ
発行元ウェブサイト:https://bnn.co.jp/products/9784802513623
ここ数年を振り返ると、AIの話ばかりしている気がするし、AIのニュースばかり追いかけている気がする。確かに、関連の話題が多いのは事実だろう。そんな2020年代を象徴するであろうこの「AI狂騒曲」を、美学や制作一般の長い歴史的射程で考えるための材料を提供してくれるのが『人工美学 生成AI・アート・ビジュアルメディア』(2026)である。
同書はメディア論、デジタル研究、コンピュータ科学の視点からレフ・マノヴィッチが、美学、芸術哲学、芸術心理学の視点からエマニュエーレ・アリエッリが章ごとに分担執筆したものだ。著者たちは議論の組み立てを基礎的な地点から始めており、知識の有無によって読者が脱落することのないよう配慮されている。
例えば第1章において、アリエッリは「美とはなんでしょうか?」と問い、AIが美学上の問題になるのは、美が「人間の専売特許だとされているから」であると指摘する。そのうえで、AIが「人工物や画像の構成要素をすべて抽出する」ことと、「他者の好みを理解する」ことは可能かと問題設定を行なっている。ここでアリエッリは、AIはどこまで客観的な学習・分析が可能で、かつそれはどのように人間の主観にとって好ましいものと接続されうるのかという素朴な出発点から論述を始めている。
マノヴィッチにもそうした姿勢は明確に現われている。例えば第4章において、古代ギリシャ、ルネサンス期、ロマン主義、現代とそれぞれの芸術観を概観したうえで、「アートは創造的な人間の専売特許である」という考えが、今ではクリエイティブ業界にも及んでいることをかみくだいて説明している。これらの記述を著者たちが割愛しないのは、AIを文明史的に位置づけたいという企図によるものだろう。こうした論の運びは結果的に、同書に美学や芸術学、ないしはメディア論の入門書的性格を付与しており興味深い。
そもそもマノヴィッチは、多種多様なメディアがデータとなり、コンピュータに代表されるニューメディアに統合される状況を、それ以前にあった個別のメディアの特性を拾い上げながら──つまりは単純なデジタル還元主義とは一線を画しながら──理論化したことで知られている。彼の得意とするこのような体系化が、同書でも行なわれていることは見逃せない。第5章においてマノヴィッチは、生成AIに至るまでの人類の表現の歴史を次の5段階に分けている(以下、筆者要約)。
- 1、道具を使って絵を描くなど、自分の手で制作する段階
2、カメラ・ルシダなど、補助的な装置も使って制作する段階
3、写真など、機械を使って情報を記録する段階
4、3DCGでモデルを作成し、アルゴリズムも用いてシミュレーションする段階
5、生成AIを用い、予測として結果が出力される段階
マノヴィッチはこのように生成AIを芸術制作の歴史のなかに位置づける。私たちはかつて自らの手で制作を行なっていたが、それが機械による記録に取って代わられ、さらにそれがシミュレーションとなり、生成AIの登場によってより膨大なデータセットからなる予測に変わったと彼は言う。もちろん今現在も自らの手のみによって絵を描くアーティストはいるし、これらの段階を行き来しながら制作する場合もあるだろう。だがこういった整理は、彼が『ニューメディアの言語』(2001)や『Software Takes Command』(2013)といった著作で展開した理論の延長であると同時に、広く制作に携わる人にとっても生成AIについて思弁する視座を与えてくれるはずだ。
(後編へ)※9/15公開予定
執筆日:2026/08/28(金)