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プライバシーステートメント
地域づくりとアート
アートは自立できないものなのか―――
つなぎ手を支援する「アサヒビール株式会社」
影山幸一
企業メセナは進化したのか
アサヒビール吾妻橋本部ビル
アサヒビール吾妻橋本部ビル
 1990年のメセナ元年から15年が経った。1990年、社団法人企業メセナ協議会の設立を皮切りに、日本経団連「1%クラブ」が設立、芸術文化振興基金の創設と続き、企業が芸術活動をサポートしていく気運が高まっていった。メセナやフィランソロピーという言葉をメディアが取り上げ、即効的な見返りを求めない社会貢献として、企業が文化芸術をそれまでの宣伝・広告に利用するものとは一線を画する新しい概念が生まれたのだ。展覧会主催者やアーティストに協賛金や制作費、作品制作時の技術援助、表現の場など、企業の人・もの・金・技術といった資源を提供した。最近では、フィランソロピーをより高次にした一企業一市民の立場に立った企業の社会的責任、CSR(Corporate Social Responsibility)を採用している企業が増えている。企業の中にアートと社会の関係を考える専門部署ができたが、果たして企業メセナは進化したのだろうか。IT化が進むなかでのメセナの取り組み方は変わったのだろうか。メセナ元年に音楽によるメセナ活動を初め、その後各地で現代美術などのサポートを続けているアサヒビール株式会社(以下、アサヒビール)の東京浅草・吾妻橋にある本部ビルを訪ねた。フィリップ・スタルク作「炎のオブジェ」を目指した。

ビールは紀元前に生まれた大衆商品
社会環境推進部の根本ささ奈氏
社会環境推進部の根本ささ奈氏
 なぜ、ビール会社がアートなのか。アサヒビールといえば、アサヒスーパードライと低迷していた会社を復活させた元社長の樋口廣太郎氏が有名である。そして、その樋口氏が起用し、「アートこそ地域発展の切り札」「コミュニケーション型アート」などの言葉を広めた企業人アート・プロデューサーの草分けでもある、社会環境推進部の加藤種男氏(以下、加藤氏)をご存知の方も多いことだろう。地域の資源を発掘し、そこに新しい価値を創造することが、地域の発展に大きな効果を発揮すると加藤氏は語っている。その加藤氏と同じ部署に所属する根本ささ奈氏(以下、根本氏)が取材に応じてくれた。社会環境推進部では、文化芸術活動の助成と、アサヒビール大山崎山荘美術館を運営管理する(財)アサヒビール芸術文化財団と連携して活動を進めている。
 あまりに日常的に飲まれるビールだが歴史はとても古い。メソポタミア文明の紀元前3000年とも、南米アマゾンでの紀元前1万年頃ともいわれるアルコール飲料なのだ。日本には1613(慶長18)年長崎県平戸に伝わり、日本人による醸造は、1853(嘉永6)年蘭学者の川本幸民が江戸で醸造実験を行なったのが最初とされる。また1889(明治22)年、アサヒビールの前身である大阪麦酒、日本麦酒(1887)、札幌麦酒(1888)と次々に創業し、日本のビール産業は興隆期を迎えた。1906年にはこの3社が合同で設立した大日本麦酒を経て、1949(昭和24)年GHQ公布の過度経済力集中排除法により、大日本麦酒は朝日麦酒(現アサヒビール)と日本麦酒(現サッポロビール)に分割。こうして今日の「アサヒビール株式会社」が誕生。初代社長には美術品コレクターであり民藝運動を後援したという山本爲三郎氏が就任した。アサヒビールは現在、日本酒以外のアルコールをはじめ、飲料、食品、薬品など、大衆商品を扱っていると根本氏。

多岐にわたるメセナ活動
アサヒビールメセナデータブック
アサヒビールメセナデータブック
向島のはじまり─森の記憶 町の記憶
AAF2006のひとつ「アサヒビールメセナデータブック 向島のはじまり──森の記憶 町の記憶」山中正哉+柳澤明子(通称:トリのマーク)ほか。
撮影:大森有起
提供:アサヒビール(株)
 東京・池袋西武百貨店にあった1979年開設の「スタジオ200」や1983年オープンの「佐賀町エギジビットスペース」など、時代の先端的な活動を参考にしながら、地域の人々のために社員手作りの「ロビーコンサート」を浅草で開始したのは1990年。その後も「文化講座」、食と芸術文化の新たな発信拠点「アサヒ・アートスクエア」、エコとアートのコラボレーション「アサヒ・エコアート・シリーズ」、アーティストと市民とのコラボレーションから作りだす年1回の美術展「アートコラボレーション」、5社(アサヒビール、資生堂、日産自動車、日本マクドナルド、松下電器)共同メセナ「ドキュメント2000」、そして2002年にはNPOやアーティストたちが一緒に作るジャンルを越えたアートのお祭り「アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)」を開始した。これはトヨタ自動車のメセナ活動である「トヨタ・アート・マネジメント講座(TAM)」を実行に移した実践版ともいえる。2005年から年1回の公募となり全国へ広がった。AAF2006では「アートでまちを考える・人と人をつなぐ」がテーマである。6月17日から8月27日まで、全国20カ所ほどの地域で展開される。今回は22のプログラムと6つの特別協賛プログラムが揃ったが、「アサヒビールメセナデータブック 向島のはじまり──森の記憶 町の記憶」など、9カ所がアサヒビールの地元である東京・墨田区で行なわれる。すべてのプロジェクトをまとめて見せるとインパクトも強く、影響力も増し、時には自治体が動くこともあると根本氏。アサヒビールのメセナ活動は、ある特定の地域に特化したものではない。AAFでは地域における拠点形成、地域資源の再活性化なども意識し、全国各地のさまざまな活動を広く選択している。選考にはアートプロジェクトの内容が優先され、同時に、全国各地でアーティストやアートNPOなどが自発的に作り出しているアートプロジェクトが、AAFをきっかけにゆるやかにつながりあうことで、市民活動が積極化していくことに寄与したい、という感じである。メセナ活動は多岐にわたり、アートに出会えるチャンスを多く生み出している。1996年にはロビーコンサートなど未来文化創造型のメセナ活動が評価され、(社)企業メセナ協議会から「メセナ大賞」を受賞、2004年にはNPOとの協働によるAAFの活動が同協議会から認められ「現代総合芸術賞」を受賞した。それらの活動記録は、ホームページで100%情報公開しているほか、メセナ活動の10年間を『ASAHI BEER MÉCÉNAT Data Book 1990-2000 アサヒビールメセナデータブック』として書籍化されている(販売はしていない)。

つなぐ
 社会へ企業資源を還元することから始まったアサヒビールのメセナ活動は、社会・市民とのパートナーシップを組み、新たな価値創造に挑戦するという独自の目標を得て、「未来・市民・地域」という明確なキーワードを打ち出した。評価の定まらない若手のアーティスト、従来にない発想の先駆的な芸術を「未来」とし、市民の主体的参加の促進、また社会とアートのつなぎ手の市民活動を「市民」と定め、地域資源に着目した地域文化の活性化を「地域」という言葉に込めた。企業の経済活動の場である地域に活気がないと発展はない。なんにでも入っていけるところがアートの力と根本氏が言うように、アート、それ自体は自立せず、他との関係をより深めて成り立とうとしている。「未来・市民・地域」を推進するためにアートは確かに有効である。このコミュニケーション型アートとは異なった文脈では極限ぎりぎりのところで生まれるアートがある。作品を制作するプロセスを重視するアート作品は参加した人以外にその良さを伝えるのが難しい。祭りは参加者が一番楽しいが、周辺にいる人々に取ってはどこかもの足りなさを感じるのも気掛かりではある。ただ、それよりもアートマネジメントするつなぎ手の育成は、アートと社会の課題を解決し、未来を現実的に開いていくという観点からも期待は大きい。つなぎ手には作品が制作されていくプロセス全体をデジタルアーカイブした後、美しい映像を公開してもらいたい。企業メセナの新局面として注目したいところだ。作り手と受け手が分離した状態で来ているのが最大の問題。この両者をつなぐつなぎ手が必要ではないか、そこでつなぎ手同士のネットワークを作り出すことを考えたと加藤氏は発言している。AAFやアートNPOリンクはその事例であろう。

アートNPOとの連携へ
 「官から民へ」「中央から地方へ」と社会が流動化しているなか、企業メセナは進化した。アーティストと市民との関係の変化に着目して、つなぎ手となるアートNPOなどを支援し、そして文化基盤整備のために、企業メセナは芸術文化政策を提言するようになってきている。行政とは異なる民間による自由な発想と蓄積されてきた知識、そして実行が21世紀型企業メセナモデルを創出していく。時間をかけた非効率とも思えるアート活動を進めることは、効率化を求める行政の指定管理者制度とは異なる動向。また、利益を求める企業像とは違った社会的側面を企業は信用というもので築き上げている。パトロンでなく、スポンサーでもない、パートナーとして、企業とアートNPOの連携から新しいアートが生まれてくる。

■アサヒビール(株)基礎データ
社名:アサヒビール株式会社
本社所在地:〒130-8602 東京都墨田区吾妻橋一丁目23番1号
設立:1949年9月1日(創業1889年)
代表取締役社長:荻田 伍(ひとし)
従業員数:3,607名(2005年12月31日現在)
業種:食料品
販売商品:酒類などの飲料、食品・薬品
資本金:182,531百万円(2005年12月31日現在)
売上高:1,054,161百万円(2005年1月〜12月)
メセナ基本方針:「未来・市民・地域」をキャッチコピーに価値創造を支援
関連財団:(財)アサヒビール芸術文化財団、(財)アサヒビール学術振興財団
関連施設:アサヒビール大山崎山荘美術館、アサヒ・アートスクエア

■参考文献
『なぜ、企業はメセナをするのか?──企業とパートナーを組みたいあなたへ』(社)企業メセナ協議会,2000.12.17,トランスアート
『社会とアートのえんむすび1996-2000 つなぎ手たちの実践』ドキュメント2000プロジェクト実行委員会,2001.11.18,トランスアート
『ASAHI BEER MÉCÉNAT Data Book 1990-2000 アサヒビールメセナデータブック』2003.4.1, アサヒビール株式会社 環境社会貢献部
『街が再生し、市民がよみがえる 文化とメセナ──ヨーロッパ/日本:交流と対話』根本長兵衛,2005.4.30,人文書院
『いま、地域メセナがおもしろい──企業+アート+まちの実践』(社)企業メセナ協議会編著,2005.6.16,ダイヤモンド社
2006年7月
[ かげやま こういち ]
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掲載/影山幸一
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