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プライバシーステートメント
デジタルアーカイブ百景
何が地域を語るのか
笠羽晴夫
 アーカイブそしてデジタルアーカイブというものは、「地域」を定義したり、あるいは理解することをサポートしたり、そのためのデータを提供したりする、という側面を持っている。本連載第2回にはそのわかりやすい例を述べた。
 とはいえそれらの地域は比較的大きな自治体であり、またデジタルアーカイブのあり方としては、分散はしているがある程度まとまっているもののデジタル化、アーカイブ化であった。
 一方、歴史的によく知られた物語があるとか、観光地として有名であるとか、そういう地域でないしかも小さいところでは、美術館、博物館、資料館などをリンクしただけでは、そこがどういうところであるのかを外に向かって示すことは容易でない。
 すなわち、デジタルアーカイブの効用としてよく「地域のアイデンティティを示す」「地域を理解する」というときには、博物館に展示されているもの、屋外の名所や建造物などから入ることが多い。しかし多くの場合それらをよく見れば、ある時代の支配者や信仰、エポックになった事件などを象徴しているにすぎないことがわかる。
 ある程度大きな市、昔の大きな藩に対応するものであれば、まずこういう画像から入っていくと、最初のイメージがつかみやすいかもしれない。一方、もっと小さな地域は、よほどの観光地でもないと画像中心でイメージをつかむのは難しい。なにより文化財といっても数が少ないし、よほどよく見ないとどこにでもあるもののように見えることが通常である。
 しかし、そこであきらめてしまっていいのだろうか。実は見えないもの、時間軸上にあるもの、そういうものたちが「地域」を定義しているのではないか。またそういうものの上に立ってあらためて代表的な画像を見るとき、それら画像はまた異なった相貌を見せてこないだろうか。
 今回はそういう事例のひとつとして篠山(ささやま)市(兵庫県)のものを見ることにする。

兵庫県篠山市ホームページ
兵庫県篠山市ホームページ
 篠山市は神戸、京都、大阪の三都市中心部から60km以内に位置し、1999年4月多紀郡篠山町、西紀町、丹南町、今田町が合併して現在の市(人口約4万7千人)となった。このあたりは昔から丹波篠山という呼び名で知られ、丹波黒豆などの名産がある。
 篠山市篠山市立歴史美術館のホームページからはさまざまな観光情報、ミュージアム情報、歴史・文化情報にリンクすることができる。そして、特定の目的を持ってこれらに行き当った人たちは、さらにさまざまなリンクをたどってあらたな発見をすることが予想される。
 ここでいろいろ遊んでいると、同じデータが多くのところで活用されていることに気づく。おそらく基礎になる記述が一通りあって、それらをさまざまな角度から活用しているからであろう。これは本連載第3回でも指摘したことで、ベースとなるデータがあってもそれらを使ったわかりやすいさまざまなコンテンツがあって、はじめてデータが活用されたといえる。
兵庫県篠山市ホームページ
同、サイトマップ
 これを検証するために、ここのサイトマップから全体の成り立ちを見てみよう。
 まず市の一般的な説明があったあと、「主な公共施設」が紹介されている。ここでは篠山城跡大書院のところで提供されているパノラマ画像、チルドレンズミュージアムの「みんなの活動デジタルアーカイブ」が興味深い。
 後者では子供たちの体験や学習が記録されているが、表示にあたってはカテゴリ、地域、記録日、登録日から選ぶことができる。
 次に観光情報であるが、ここで「日本六古窯 丹波焼」というカテゴリに進むと丁寧な説明とバーチャル展示がある。さらにそこから丹波立杭陶磁器共同組合のサイトへリンクが張られており、ここでより詳細な情報を得ることが可能で、この組合サイトのデータが実はベースになっている、そういう構造であることがわかる。
 観光一覧として「丹波篠山五十三次」で多くの名所旧跡が紹介されている。個々の説明のなかにほかのものが出てくる場合は、そこの詳細記述にリンクが張られている。
 「お薦めの観光コース」には複数のコースが紹介されているが、このなかの個々の画像からリンクが張られており、例えば先の大書院のサムネイルからパノラマを含む紹介にたどりつく。
 丹波黒大豆、ぼたん鍋などの味覚情報にもデータの裏づけがある。
 そういう基礎情報がどんな構成であるのかは、このサイトマップ中の「地域情報のデータベース」にあげられている諸項目から読み取ることができる。
 ここにはいろいろな地図、有名人、伝説、民話、方言、杜氏などさまざまな項目のデータが集められ、文化財目録による検索機能とともに管理・提供されている。今後これらのデータをもとにさらに多くのコンテンツが生まれるであろう。
 また先のチルドレンズミュージアムやライブカメラなど、現に流れていく時間とともに集まってくるものの記録を重視していることは、地域の記録事業として注目されることである。
 この一連のページ、特に画像を見て、あまり数が多くない、一部にパノラマはあるもののそれほど高精細なものはない、という印象を持たれる方々も多いであろう。ただこの種のデジタルアーカイブで大切なのはまず枠組みであり、それを抜きにした単なる写真集は、なじみのない外部の人々にとって、地域の理解に役立つものではない。反対にこのような枠組みができていれば、今後のデジタルカメラおよびその関連技術の容易化、低価格化を考えれば、ここに豊富な画像が加わっていくことは困難でない。そういう期待を持つことができる。
 このほかでは北杜市須玉町(山梨県)の試みも良く知られている。
 須玉町は2004年10月にいくつかの町と合併して北杜市(現在の人口約5万人)となった。合併前は人口7000人ほどの町であるが須玉歴史資料館に集約されている地域デジタルアーカイブを見ると、集めればこれだけのものがあり、あらゆる面、動きについて記録していくなかで、その地域の性格が浮き彫りされるということがよくわかる。
 合併後もNPOの活動に支えられているが、須玉オープンミュージアムを見ると、地域を語るものを広く集めていこうとする意図を読み取ることができる。
須玉歴史資料館 須玉オープンミュージアム
左:須玉歴史資料館ホームページ
右:須玉オープンミュージアムホームページ
 最後に、地域のデジタルアーカイブを語るときに必ず視野に入ってくるのが市町村合併である。今回取り上げた篠山、須玉もその例外ではない。そして篠山では合併後の市全体でデジタルアーカイブを進めており、須玉のそれは北杜市に合併される前からの活動で今後は担当するNPOにかかっているが、市全体としてなにか活動が始まる可能性もある。
 一般に市町村合併は経済原理優先であるため、文化を中心とする「地域アイデンティティ」の保持という観点からはマイナスに受け取られることが多い。現に篠山市の行政についても批判はあり、また須玉町のデジタルアーカイブに関しても今後は困難が予想される。
 しかし遠い過去からの地域の足取りを考えるならば、このようなことは少なからずあったことであり、アーカイブというものは長期にわたる種々の変化のなかで、資料および将来資料となるかもしれないものを集め、保存し、その時々の知識見識で注釈をつけ整理してきたものである。その上にたつデジタルアーカイブであってみれば、あまり心配しても意味はない。これまでの実績を尊重し継続していくだけである。

2006年5月
[ かさば はるお ]
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掲載/笠羽晴夫
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