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プライバシーステートメント
デジタルアーカイブ百景
公文書館を着地させるデジタルアーカイブ
笠羽晴夫
 これまで言及してきたミュージアムや図書館と比べ、公文書館なるものはわが国一般の人たちにとって、きわめて疎遠なものであろう。しかしながら本来National Archivesといえば国立の公文書館を指す。
 1959年、歴史資料として重要な公文書の収集保存と一般利用の適切な措置を求める勧告が、日本学術会議会長から内閣総理大臣に提出された。おりしも国立より先に山口県文書館(もんじょかん)がこの年に誕生している。その後1988年に公文書館法が施行され歴史資料として重要な公文書等の保存利用について、国や地方自治体の責務が定められた。
 この間、国立公文書館(1971年設立)や自治体公文書館の活動は活発になったが、それでも後者に関しては現在でも都道府県立で30館を超えたところであり、それに市立の数館が加わる程度である。そのほか歴史資料館でそれに近いものがあるとしても、整備はこれからであり、市町村合併による文書保管の危機すらある。
 ただこの間のデジタルアーカイブの普及は、公文書館の必要性、サービス面での可能性の認識についてプラスの働きをしており、また文化、研究、教育面での公文書館の役割をアピールすることにもなっている。
 今回は、デジタルアーカイブの世界からそうした公文書館の動きを眺めてみよう。

神戸市文書館
神戸市文書館
 まずより生活に密着した記録の比率が高いと思われる自治体の公文書館から見ることにする。
 神戸市文書館では、館の目的として「新修神戸市史」の編集をあげている。行政の観点から出てくる文書館の役割ばかりでなく、神戸を物語るものの収集とその整理、閲覧、市民への解説、ガイドといった役割が認識されているようである。収蔵図書には私家版図書、回顧録など地域に密着したものを取り込んでいる。史跡地図、年表、一部の古い新聞などをここから見ることができ、また源平、灘の酒造といった特集もある。一般的には資料検索機能を用いて検索し館内で現物閲覧するのが原則のようだが、その前にこうした充分なガイドがあるのは好ましい。今後このうえに資料そのもののデジタルアーカイブが整備されれば、確実に使いやすいものになるであろう。

 ほかにも東京都公文書館が東京史編纂を志向しているなど、この傾向は望ましいが、なかでも山口県文書館は設立が古いこともあり、その活動にも充実がうかがわれる。
 ここでは公文書というもの、公文書館のありかたが常に考えられてきた。それはトップページの構成(調査する人へ、教育関係者へ、県史各種データベース利用者への説明)を見てもよくわかる。また文書の種類についても、代表的なものとして藩政文書、行政文書、行政資料、諸家文書、特設文庫というように区分し、それらはどういうものか、館にはどんなものがあるのかが説明されている。大量であるため大分類から詳細までとなると全部ではないが、Webからの目録検索も可能である。文字情報データベースとして山口県文化史年表(重要事項)検索、画像情報データベースとして「毛利家文庫絵図・袋入絵図」、「毛利家文庫写真」、ポスター・リーフレット(これは面白い)、有光家文書、正保国絵図(周防国・長門国)〈高精細画像〉などが提供・公開されている。またこれまでの文書館ニュースがPDFで提供されているが、これは大切なことである。

 次にわかりやすさの工夫という意味で栃木県立文書館をあげておこう。
 「電脳資料室」という区分から入る「収蔵文書一覧」はわかりやすい。デジタル画像公開は現在のところ一部であり、「デジタル教材資料」というかたちでいくつかのものが選ばれている。教育用であるから、読み下し文が添付されており工夫がうかがえる。読み下し文もひとつの解釈であり、アーカイブの性格上すべてにわたってこの種のものが行なわれることには問題もあろうが、試みとしては評価したい。
 また福島県歴史資料館では、どんな文書、資料を収蔵しているか、その紹介が丁寧である。「思い出アーカイブズ」というコーナーでは順次古い写真を紹介していく方針のようだが、これそのものもアーカイブとして発展していくことを期待したい。
 
沖縄県公文書館
沖縄県公文書館
 次に、しっかりしたコンセプトのもとに作られ運営されている沖縄県公文書館を見てみよう。
 ここでは琉球政府時代の公文書、米軍撮影の写真資料などで残されたものが公開されている。特に後者は大量で、陸軍、海軍、海兵隊、USCAR(United States Civil Administration of the Ryukyu Islands 琉球列島米国民政府)などの諸機関によるものであり、対象も戦争、占領、行政、生活、風俗など多岐にわたる。琉球政府広報、琉球立法院会議録も見ることができる。またここの刊行物はダウンロードでき(ねっと出版)、ひとつのモデルとして評価できる。米国による徹底した記録とその保存ということを継承していると見ることもでき、考えさせられるところである。

 このように、自治体レベルで格差はあるものの評価すべき動きは出てきている。

 そのほかも含めひととおり見ての評価ポイントとしては以下をあげておこう。公文書館の発展プロセスはひとつではないから、これらすべてに合致していないといけないというわけではない。
  1. 県または市の歴史編纂という明確な目的を持ち、それに向かうプロセスを意識しているか
  2. 資料の分類法・内容の説明が丁寧か
  3. 検索は親切か(キーワードを要求するのみでないか)
  4. 住民から資料を集める窓口を開いているか
  5. 将来の形態・サービス展開についてビジョンを持っているか

 最後に紹介するのは、わが国公文書館の頂点となる国立公文書館である。
 ここではデジタルアーカイブをそのサービスの重要な要素としてとらえており、このページから見られるように、ネットからの検索、一部の閲覧、ミュージアム的な機能としてのギャラリーなど、充実がうかがえ、この分野のリーダーとして期待を持つことができる。
 またここのトップページからリンクされているアジア歴史資料センターは大きな存在である。
 1994年、当時の村山富市総理大臣による「村山談話」をもとに始められたこの事業は、国立公文書館が運営するネット上のセンターで、国立公文書館、外務省外交史料館、防衛庁防衛研究所図書館が所蔵する明治初期から太平洋戦争終結までのアジア関係資料をデジタル化し公開・提供している。2006年1月現在で、約1000万画像、67万件の目録データベースを提供しており、随時追加が進行中で、英語、中国語、ハングルによるサポートも提供されている。
 このように近年の国立公文書館関連の動きは頼もしいが、それは単に事業の大きさだけではない。同館が発行している刊行物はダウンロード可能で、その「アーカイブズ」第21号(2005年9月)「特集 国立公文書館デジタルアーカイブ」の「国立公文書館デジタルアーカイブの紹介」には「デジタルアーカイブ推進にあたっての基本的な考え方」として次の3つの方針が掲げられている。
  1. デジタルすなわち「いつでも」、「どこでも」、「だれでも」
  2. 「パブリックドメイン」(公有)であることおよびそのためのオープンな技術の採用
  3. 「フリー」(自由利用、無料)
 国立の公文書館だからここまでという見方もあるだろうが、公文書館に限らず多くのデジタルアーカイブができるだけこの方向に近づくことを望みたい。
国立公文書館デジタルアーカイブ アジア歴史資料センター
左:国立公文書館デジタルアーカイブ/右:アジア歴史資料センター
2006年10月
[ かさば はるお ]
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掲載/笠羽晴夫
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